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iran イラン

【その1】
 2006.02.22 〜 02.24 バム
 2006.02.25 〜 02.27 シーラーズ(ペルセポリス)
 2006.02.27 〜 03.01 ヤズド
【その2】
 2006.03.01 〜 03.04 イスファハーン(エスファハーン)
 2006.03.04 〜 03.08 マシュハド
 2006.03.09 〜 03.11 テヘラン
 2006.03.12 〜 03.14 タブリーズ
【その3】
 聖地巡礼特集

 

イラン関係リンク
イランのホテル
イランの移動
イランの写真

 
  【イランでは・・・】 名所を観光するのに時間を費やした。3月末の日食に向けての急いだ旅だったので、ほとんどのんびりしない滞在だった。
【感じること】 若い人の幼稚さも目立つが、親切でフレンドリーなイラン人も多い。名所は素晴らしいものが多く、見ごたえたっぷりだった。ご飯はまずい。
【お気に入り】 各町、大きな違いはないが、古都イスファハーンとシーラーズ。(マユ) 長居したいような町はなかった。観光名所はいいけど。(タカ)
【お勧めは〜】 どの町も歴史深いけど、特にバザール(シーラーズ)、シャー・チェラーグ聖廟、マスジェデ・イマーム、イマーム・レザー廟。
 

きれいなバスターミナルと初イラン。(ザーヘダーン)

ザーヘダーンのバス・ターミナルはきれい!
広い待合室、ランプをきれいに飾った店舗、清潔なレストラン。イラン人も洋服をおしゃれに現代風にまとめ、格好いい。女性は真っ黒のチャドルで全身を包み、静かに佇んでいる。まるでイランは先進国だ。インドやパキスタンとは全く趣きが変わる。

まずは手始めに物価チェックだ。350mlの偽物コーラ(ペットボトル)が2000リエル。レストランでの朝食セットが6000リエル。(1,000リエル=約13円)
そして、バム行きのバスが30,000リエル。5時間の距離で約390円。やっぱり安い。そして、かなり質が高い!
なんとバスは、ボルボやベンツを使っている。室内も新しくきれいだ。シートも広く、クッションも良い。本当に素晴らしい。ただ、車体下の荷物入れにバックパックを預けると、係員がバックカバーやバック裏側に直接油性マジックで行き先名を書いてしまう。落ちないと言うのに・・・"人"は、さほどインドやパキスタンと変わらないようだ・・・。

待ち時間にトイレへ行った。トイレは、まあまあきれいといったところだろうか。驚いたことは、外に足洗い場があり、お湯が出たことだ。また、全身黒で身を隠した女性も女子トイレの中では遠慮が不要なのか、トイレのドアを1/3ぐらい開けた状態で入っている。また、鍵がかからないトイレの個室も多い。これも「イスラム式トイレ」なのか?

道路は引き続き平らで、バスは順調に進む。イランのバスはトイレ休憩が少ない。バス内に、トイレが付いているからなのだろうか。
目指すバムまでの道のりでは、禿山の乾いた山々の景色が延々と続く。それはそれできれいなのだが、快適なバスに揺られていると、睡魔に勝てず眠り込んでしまう私たちであった。
隣の席の女性は、清潔で現代風な格好をしている。チャドルではなく、濃いグレーのスーツを着て、何か本を読んで勉強している風だ。もし、ここがシンガポールだと聞いても疑わないかもしれない。

日が暮れる前にバムの町に到着した。ケンさんとは、ここで一度お別れとなる。ケンさんはバムより先のシーラーズまで行くのだ。そして、3月下旬の日食パーティで再会する予定だ。だからここで本当のサヨナラではなく、とりあえずの別れで握手をしてバスを降りた。またトルコで会えることを願って・・・。

●閑散とした町、地震の被害のあった町。(バム)

バムでは、アルゲバムと呼ばれる廃墟(町の跡)が有名だ。

ただし、2年前の大地震により大規模な被害があったことは記憶にも新しい。かなりのダメージを受けたことは分かっていたが、興味はあったし、被害は受けてもそれなりの雰囲気は感じられるだろうと思ったのだ。

バムのバス・ターミナルでバスを降りると、一気にたくさんのイラン人に囲まれた。後から知ったことだが、バムのタクシーや客引きはツーリストに評判が悪く、もめることも多々あるそうだ。

私たちもタクシーをつかまえようとするが、英語は全く通じないし、その人たちが本当にタクシーの運転手なのかどうかすらよく分からない。そこで、タカが金持ち風の紳士に尋ねた。
身なりのきちんとした風貌の人なら、英語を話す可能性が高いからだ。案の定、彼は英語を話し、親切に運転手に通訳してくれた上にだいたいの値段の相場を教えてくれた。そのお陰もあり、私たちはぼったくられることもなく無事に宿に辿り着いた。久しぶりの英語不可の国もやっぱり疲れる。「How Much?」や簡単な数字ぐらい通じて欲しいものである。

バムはどこも地震の影響を受け、完全復興への道のりは遠い。町の至るところに半壊、もしくは全壊したまま放置されたビルや家がある。家や店舗はほとんどがプレハブで、中にはテントで暮らしている家族もいる。まだ本格的な建物に住んでいる人はごくまれだ。そのせいか、町はかなり閑散として静かだ。
宿もまたプレハブ造りだ。宿の前では新しい宿の新築工事をしている。最初から宿を作り直すのは至難の業だし、お金もかかって大変だろう・・・。地下室を作るつもりなのか、穴を盛大に掘っている。

こう言っちゃおかしいかもしれないが、プレハブにはプレハブで良さがある。まだ出来たてということもあり、室内は清潔できれい。天井が低く、カーペットにペタンと座れてしまう室内は、まるで自分の部屋のように寛げる。それはそれで良い。
食事代をはじめ、部屋代以外が以前に比べて値上がりし、割高感が強い。しかし、地震の損害を考えると、それは協力した方があとの旅行者のためにも良いのだろう。

●バム日記。

宿を出て、ちょっと北に行った交差点のフルーツ・野菜屋には何度か通った。そこには日本人びいきするおじさんがいる。
「日本人だ。」
と答えると、サッカーの話題を出し、タカと共に盛り上がっていた。言葉は通じないが、お互いウマく通じ合えているようだ。地震の被害について話をしたが、彼の言うことには奥さんなどの親類9人が亡くなったのだそうだ。私たちには完全には理解できない深い悲しみがあったのだろう。これ以上、被害が起こらないことを願わずにはいられない。

イランの物価も食べ物もよく分からない。しかも、町は閑散としていて食べられる店さえも少ないように思える。しばらく歩いてみたが、ぱっとするレストランも屋台もない。
イランはどちらかと言うと、パンをメインに食べる。また野菜よりは肉食のようだ。外食といえば、サンドウィッチ屋ぐらいで、家庭料理を出してくれるような店は存在しない。イラン人にとっての外食は特別なもので、普段食べないようなものが外食になるんだろうか?

サンドウィッチは3000リエルも出せば食べられる。
インドは物価が安いが、イランはもしかするとそれ以上に安い。また、店内は清潔で病源はよっぽどでなければなさそうだ(笑)。ただ、バラエティが乏しく、満腹感に欠ける。肉は匂いが気になる羊肉を多く使う。インドでベジタリアンになりつつあった私たちには、少し抵抗があるものだ。イランの食生活もやや不安だ〜。

そこで早速、自炊をした。余っていたラーメンを作って食べたのだ。自炊できる道具を持っているとこういう時に役立つ。
近所のミニスーパーを巡り、いくつかの商品をチェックした。西洋文化の影響か世界第三料理国のトルコの影響なのか分からないが、スパゲティーやトマトソースが陳列されている。米も売られているが、基本的にはパン食のようで、アジアから遠ざかっているのかもしれない。いよいよ私たちも西アジアに来ていて、もう少しでヨーロッパへ入る頃なのだ。

町を歩いていると、たくさんのイラン人の視線にぶつかる。
アルゲバムという有名な観光名所もあるが、外国人の姿はごく稀なようで、道を歩いているだけでいろいろな意味で声をかけられる。
あいさつや、どこの国なのか、など好奇心から出てくるもの、もしくは中国人と間違えバカにしたような言葉。アルゲバムからの帰り道、突然イラン人女性にバカにされたが、怒りよりも先に驚いた。まるで子供が他の子供をいじめる(からかう)ように囃し立てるのだ。イラン人は精神年齢が低いのだろうか?バカにされるのは当然嫌な気持ちだが、その言動の幼さに呆れる気持ちも大きい。

インドで会った女性は、ひとりでイランを旅したときにとてもストレスがたまったという。女性1人でイランを旅するということは、精神的にもキツイだろう。男性のいやらしい視線、"なぜ女性1人で旅をしているのか?"というイラン人には理解不可能な疑問にさらされる。
私はタカと2人で、しかも、カップルでなく夫婦ということで通して旅しているので、問題は少ない。あるとしたら、女性と男性のカップルで歩いていることだろうか。イランの田舎では夫婦でさえも一緒に歩いていることが少なく、外では同性同士の付き合いがほとんどのようなのだ。

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ミニコラム

++net++

インターネット事情は・・・
こちらで見れます。

++SWEET++

イランのスウィートはレベルが高い!詳しくはこちら。

++COLA++

イランにはコカ・コーラ社以外から出ている「COLA」がたーくさんある。味はコカ・コーラそっくりなものから、炭酸の強い刺激的なものまで様々。値段はコカ・コーラより安めでミニボトル2000リエルから。ちなみに瓶コカ・コーラは世界一安いのでは?とは思うぐらいに安い。1000リエル(約13円)

ミニコラム

++バム市内へ++

バムのバスターミナルから市内(アクバル・ツーリストなど)へは、10000リエルも出せば十分なようだ。
バスから降りるとたくさんの客引きが来て、50000リエルなどと言ってくるが、ちょっと離れて走っているタクシーを捕まえるのが良い。

++お札++

イランで両替すると、10000リエル札を札束で受け取ることが多い。
だが、桁の大きい札はちゃんと存在しており、100,000リエル札、500,000リエル札など、プラスティック製のきれいなお札を一度だけ見た。

※イランではATMやTCは使えない。キャッシュ(主にドル)両替のみとなる。

++バムの街++

バムは何もない田舎だが、一箇所だけ栄えた街がある。銀行やレストラン、衣類や雑貨を売る店舗など軒を並べる。
地震前はもっと華やかだったのだろうけど、今は他の街に比べるとやっぱり質素。
※正午から午後4時ぐらいまではシエスタで街ががらんどうになる。

++乾燥++

冬のイランはとっても乾燥している。踵はカサカサ、肌も粉吹き、荒れ気味となる。今までオーストラリアやチベッドなど乾燥する土地を訪れたが、1番肌にダメージがあったのがイラン。乾燥し、掻き過ぎてブツブツができてしまった・・・。

++専門店++

イランはスーパーや百貨店などの大規模な店がごく少ない。(テヘランなどの一部地域には存在する。)ここは、バザール文化が発達しているせいか、ほとんどが専門店。肉は肉屋へといった感じだ。

市街地にはミニスーパーがあり、水や菓子類などはまとめて購入可能。


●廃墟の遺跡?(バム)

それは本当に本当に破損いっぱいだった・・・。

ひっそりと、しかし規模の大きい神秘的な城塞都市の遺跡。そんな面影は薄れ、廃墟的要素だけが増えたかのように、取り残されてしまった悲しい遺跡・・・。

メインとなる高い城の部分は比較的残っており、階段や城の形そのものは思い描けるほどの形を残している。ただその前面に広がる住居跡、バザール跡など、低い建物群は全壊に近い。地震から年月は経っているが、修復はほとんど進んでおらず、破損状態がひどい。

案の定、観光客は私たちだけで、あとは工事夫ばかり。100人はいるかと思われる工事夫は、崩れ落ちた砂やレンガをかき集めては、壁の修復(新築!?)にかかる。
もともと、アルゲバムではやり過ぎと言われるほどの修復が行われていたようだが、全壊からの修復(ほとんど新築)は本当にわざとらしいとしか思えない。ツーリストを「益々遠ざけてしまうんではないか」と思ってしまう。こんな風に修復が続いたらそれはもう遺跡ではなく、アトラクションになってしまう・・・。
中国なども修復大好きだが、やり過ぎはツーリストをガッカリさせる。きれいになるのは良いことなのかもしれないが、かつてのリアルな雰囲気は残した方が心にしっくりと入ってくるはずだ。私がそれについてとやかく言う権利はないのだけれど、せめてもっと自然にアルゲバムが復興すると良いのに・・・。

モスクの跡はかろうじて見て取ることができる。丸い屋根と壁に囲まれた部屋。でも、あとから気が付いたことなのだが、残っている部分ほど「修復されていた部分」であったことだ。元からの形は、ほとんど壊れてしまったのだろうか。一度外に出てから全景を見るのも楽しい。壁の外にも遺跡らしいものが建っているし、殺風景なような閑散とした雰囲気が逆に気持ちを和ませてくれる。

アルゲバムの城壁の北東にも、たくさんの町の跡がある。そこのいくつかに穴が開いているので気になって近づいて見ると、なんと現地人がそこに住み着いているようだった。びっくり!おそらく、地震により家を失った人々なんだろう。町の中でもテント暮らしをしている人たちを見ることがある。地震は私が想像できないぐらい悲惨で悲しい出来事だったのであろう。

アルゲバムは、あと3〜4年もすれば以前と同じぐらいかそれ以上の姿に復旧するのだろう。その時にどれくらいのツーリストが戻ってくるだろう。どれぐらい町が潤うのだろう・・・?

●静かなバムから有名観光地シーラーズへ。

バム始発シーラーズ行のバスはない。ザーヘダーン発のバスなどに途中乗車する形となるようだ。プレハブ造りのバス会社でチケットを買い、バスが来るのを待った。待っている間にサンドウィッチ(2000リエル)とチャーイ(1000リエル)を買った。本当にイランは安いなぁ。

前回よりも質が多少落ちるものの、きれいなバスに乗り込んだ。ここから一晩かけてシーラーズに向かう。
日も暮れ、いよいよおやすみタイム。席が空いているので、タカは私の席の後席へ回り、スペースを広く取った。足も伸ばせるし、なかなか心地よい空間が出来上がったのだ。
が、しかしである。"そろそろ寝られそう・・・"という頃になって、隣に乗り込んできた家族の1人により悲劇が始まる・・・。
私の斜め後ろ、タカの斜め前にあたる隣の席のおばちゃんが、ゲロゲロ吐き始めた。車酔いが激しいのだろう、何度も何度も苦しそうな声を上げてはビニールにモノを戻す。何よりもその苦しそうな声に目が覚めてしまう。よせば良いのに、旦那さんらしき人が彼女にオレンジを食べさせる。気分はややすっきりするのだろうか?でもこちら側としてはオレンジ・ゲロの匂いはたまらない
※食事中の方、申し訳ありませ〜ん。

まだ日も上がらぬ3:30にバスはシーラーズに到着。もともと分かっていたことだが、かなり早い到着だ。どうするか悩んだのもつかの間、すぐに問題は解決した。
シーラーズは、大きな町だけある。バスターミナルは巨大できれい。
「え〜!イランってこんなに進んでいるの?」
とつい口にしてしまうような雰囲気だ。中国の東側もこういった「斬新なバスターミナル」を何度も目にしたが、同じような規模だ。イランをなめちゃいけない、立派なお金持ち国のようだ。

バスターミナルは24時間OPENで、4時という時間にもかかわらず、電気は煌々としていて、危険な匂いがない。いろいろな人がベンチに腰掛け、時間潰しをしている。待合室はなんと、大きなものが4部屋もあり、暖房完備。軽食やお茶を出す店まである。素晴らしい。

私たちは、ベンチを一列占領し、横になった。暖房が効いているが寒いので軽く布をかけ、寝る体勢に入った。私はバスの中よりも熟睡してしまい、気付けば1時間近く寝てしまった。タカは気を使ってくれていたのか、横になったままで本を読んでいた。
突然、イラン人おじさん(スタッフなのか不明)がこちらに近づいてきて、
「起きろ〜」
みたいなことを言い、かけていた布を上げようとする。なんてことだ。

だけれど、女性が控え目なこの国で、公共の場で横になり寝てしまう私も凄いのかもしれない。だけれど、女性と分かっていて、布をまくり上げようとするおじさんも凄い・・・。

●シーラーズ、初の試み。

シーラーズのホテルはなかなかいい。

3ベットあるのに個室なのだ。割引もしてもらった(※)。トイレは付いていないが、シャワーが室内に付いていてこれまた便利。また、ガス暖房まで付いている。部屋の床にはペルシャ絨毯が敷かれていて温かい雰囲気を出している。イランのホテルには、こういう風に絨毯が敷かれていることが多い。イラン人にとって、絨毯は欠かせないものなんだろう。

バスターミナルで寝ていたとは言え、身体はまだ疲れていた。そんなわけで、昼過ぎまで身体を休めることにしたのだが、ベッドで横たわるのはやっぱりいい。
余談だが、安宿の室内にシャワーがないことは常識に近いが、イランはそうなると面倒なことが多い。いちいちトイレに行くのに、スカーフなどをして頭を隠さなければならないのだ。私はパーカーを着てフードを被ることにしているが、やっぱりそれでも面倒な時がある。

シーラーズの町は、バムと比べると全くの大都会だ。きれいな建物が並び、レストランに困ることもない。お洒落をしたイラン人が闊歩している。
まずは食事を取ることに。が、今まで食べていたようなサンドウィッチが見当たらない。ガイドブックにある「英語メニューのあるレストラン」に行けば、高い肉料理にたまげたし、普通のローカル料理を出すレストランには入る勇気がない。
ひとつの場所に、ファーストフード屋が固まって数軒ある。そこに入り、2人でハンバーガーを頼んだ。が、ここはイラン。言葉は通じない。
「ハンバーガーをちょうだい。」
「ハンバーガー。」
「ちょっと待って。あの人の食べているのは何て言う料理?」
「あれは○○リエルだ。」
「・・・・」
こんな具合である。
が、来た料理は間違いなく、私が名前を聞いていたサンドウィッチだった。タカの方もなかなかのボリュームで、味も良し。それにしても、イランはパンと肉ばかりで飽きてしまう。

※イランでは、ホテルの言い値が高い。駄目モトで、高い値段を言ってみているのだろう。回りの旅行者に話を聞くと、特にカップルに対してはバカ高い値段を言っているようだ。

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ミニコラム

++アクバル++

バムで有名なホテルと言ったらここ。
地震の際には被害者も出たようで、ロンリー・プラネットにもそのことが書かれている。

地震後はすぐにテントで営業していたと言うから凄い。さらに現在はプレハブ。2007年には新しい宿が完成というが、高くなっていないことを望む。

現在は宿泊以外のサービスは全て値段が伴っていない(高い)。被害もあり大変だとは思うが・・・。

 

 

 

ミニコラム

++入場料++

バムの遺跡の入場料は現在無料。しかし、修復が進むうちに有料になるのだろうか・・・?

 

 

 

ミニコラム

++アルゲバム全景++

やはり訪れたからには全景を見たい。しかし、城の跡の近くには、イラン人が見張っていて(どうもただの作業員のよう)、上は危ないから行っては駄目と言ってくる。

言ってくるのは1人だけのようで、彼がいない間に上に上った旅行者もいた。彼が待ち構えている場合には、アルゲバムをいったん出て、東の壁の外から回り込み北東に行く。
そこから壁を上れるので、そのまま城まで歩いて行ける。
全景の写真も撮れる!!

 

 

 

++テント++

シーラーズにはなぜかテント屋が多い。持ち運びには適さない、重いものだが、ワンタッチで組み立てられるような画期的?なテントだ。色も素材も申し分なく、約4000円。

 

 

 

++アーミー++

シーラーズのメイン通り沿いにはアーミーの衣類、雑貨を売るお店が多い。値段はとても安いもので、会った日本人が10種のものが付いたアーミーナイフを約200円で購入していた。

 

 

 

++挨拶++

イラン人同士の挨拶の仕方は意外にも西洋風だ。頬と頬を合わせ、キスする音をたてる。真面目で控え目なイラン人女性がそれをしていると、「意外!」と思ってしまった。

 

 

 

++見所++
シーラーズにある、シャー・チェラーグ聖廟などの見所の旅日記はここちらの特集ページでどうぞ。

 

●果てしない昔の遺跡。(ペルセポリス)

ペルセポリスまでは安くあげるために、バスで向かうことにした。まずはペルセポリスの手前にある町、マルヴダシュトまで行くのだ。バスのレベルが高いイランでは、ミニバスでもシートが柔らかかったりと評価は(良い)。

マルヴタシュトからはペルセポリスまでは、ミニバスも出ているようだった。しかし、まだ誰も乗っておらず、なかなか出発しそうになかったので、タクシーで行くことにした。この辺ではタクシーはイコール乗り合いタクシーとなるようで、止めたタクシーに他の女性が乗っていたにも関わらず、私たちを乗せてくれた。女性はすぐに降り、そこでまた違う人が乗り込んできた。ということが5〜6回連続して起きた。みんなそれぞれに近距離移動にタクシーを利用するようだ。値段も1000リエル程度でとっても安そうだ。最後に残った私たちはペルセポリスまで乗っていった。

チケット売り場兼の飲食店などの設備、及び入場口がやたらきれい。周りを透明なガラスで囲み、まるで美術館のような雰囲気だ。だけれど入場料は他と同じように安く、財布は満足気。

中は各それぞれに見所として分かれている。
空に高く伸びる太い柱、一度は壊れ、軽く乗せて修復しただけの石、動物の顔だけが残る遺跡、階段の側面に描かれたいくつもの人間のレリーフ。
どれもこれも遥か遠い昔(紀元前500年!)のものだと言うからスゴイ。

丘になっている急な坂を上ると、王の墓がある。
道はペルセポリスの施設の割には舗装されていなくて、足場が不安定で滑りやすい。墓だけになかなか上れないような上の場所を選んだのだろうか?
中央部分の床下を見ると、墓らしい石が見える。中はとても荒れていて、宝石などを盗まれたであろう名残があった。また、隣にある別の王墓は上に乗せられている石までが散らばっていて、悲惨な状態にある。ここは修復しないのだろうか?

雰囲気には、地中海沿岸の遺跡群を思わせるものがある。
青空の広い大地に、薄茶色のいくつもの巨大な遺跡が並ぶ。歴史について詳しくは知らないが、エジプト文明やローマ文明を彷彿とするかのようだ。高く太く、かつ凝った模様の入った柱や、丁寧に模倣した動物の絵や石像。横向きに描かれた人間を彫ったもの。どれも遥か昔のものとは思えないぐらいに保存状態が良い。修復もかなりしているのだろうが、土に埋もれたままだったからきれいに残ったものもあるんだろう。

●シーラーズ-ヤズド。

この間はバスで6時間と、今までの移動距離に比べると短く済む。
改めてきれいなバスターミナルに感服し、バスに乗り込んだ。さらに西へ向かう為にまずは北に進むのだ。

イランのバスはボルボかベンツに分かれる。ベンツの方が値段が高く、質が上回るらしいのだが、私たちはボルボ運が強いのかいつもボルボだ。出会った日本人曰く、
「やっぱりベンツはいい。」
らしいのだ。

※バスの値段は一般的にこんな感じ。料金は政府がきちんと決めているらしい。
新型ベンツ>新型ボルボ>旧型ベンツ>旧型ボルボ

旧市街が広がる。静かに広がる。(ヤズド)

ヤズドはシルクロード途上のオアシス都市として歴史があり、マルコポーロの「東方見聞録」にも記されている。もっとも、イランはとても歴史ある街が多い国なので、イランの中ではごく普通のことかもしれない。

そんな街の地下には、砂漠のオアシスとしだけあって地下水路が張り巡らされている。マスジェデ・ジャーメの地下に入ると、その一部が見られるようだったが、お金もかかるしやめてしまった。やっぱり見ておくべきだったかな・・・。いつもこうして、ちょっとしたお金を節約(ケチって)しまうのは良くないかもしれない(でも必要とも思う)。う〜む、判断はいつも難しいのだ。

旧市街は泥でできた街だ。アルゲバムは全て壊れてしまっているし人も住んでいないが、こちらは、生きている泥の街だ。ヤズドから突然に人が消えたら、アルゲバムのように有名になるかもしれない。って、そんなことはないし、イランにはこういう泥で作られた町は多々あるのかもしれない。
昼時に歩くと、人気が全くない。それで、アルゲバムを連想してしまったのだが、日も暮れる夕方になると急に人が歩き始める。そして旧市街南西部にあるバザールが活気づくのだ。イランのバザールは良い。どこもそれぞれに歴史ある建物で営まれ、黒づくめの女性たちで溢れかえる。

細かい見所もいくつかあるのだが、見所よりも細い路地を散策する方が楽しい。そういった見所を目印にするのが、街を歩くのにちょうど良い。
地図で見ると随分と広いような気がして、あちこちと歩き回ったのだが、意外に狭い。半日もあれば全部歩けてしまえるような規模だ。

「なんだかウイグルを思い出さない?」
「うん、あそこのスラムはもっと凄かったね。」
「たるあいさん(※)も、そんなこと書いてたよ。皆、同じこと考えるんだね〜。」
そんなこともあったのだが、それなりに旧市街を満喫した。
ここでも、歩いていると必ず聞かれることがある。
「どこの国ですか?」
「日本(ジャポン)です。」
そう言うだけで、なぜか笑顔が出て握手を求めてくる。
「ようこそイランへ!(welcom to Iran!)」
イランではどこに行っても日本の印象は良いようなのだ。とても、ありがたいことだ。日本人のイラン人に対するイメージといえば「テレカ偽造販売」とか、好ましくないものも多い。そういったことだけでなく、お互いにうまくやっていけるような(良い印象同士で)関係でいられたらいいのになぁ。

※夫婦で100ヶ国ほどを旅行し、ホームページに日記を公開している。

●快適宿、SILK ROAD HOTEL。(ヤズド)

SILK ROAD HOTELは有名宿である。
マユも偉く気に入って「旅の情報」のホテル欄では、オススメにしているようだ(笑)。実際に、とて〜も雰囲気のあるホテルだと思う。ヤズドの旧市街の古いホテルを見たりしたが、SILK ROAD HOTELはこの地方の伝統的なスタイルによるホテルのようだ。

「ダブルは15万リエル。」
(ええっ!)
いくらなんでも、そんなはずはない!
確かに部屋はきれいだし、シャンプー、石鹸なども付いているようだが、それは言いすぎだ。インターネットでも10万リエル以下で泊まれることは確認していた。
どうも、カップルで旅をしていると高く言われることが多い。ここだけでなく、バム、イスファハーンなど、どこでも普通の1.5倍ほどの値段で言われるのだ。カップルの場合、高くても泊まるのだろうか?泊まるだろうと期待しているのだろうか?

私たちはドミトリーの値段を聞くが、満室とのこと。そして、ちょっとねばっていると、お言葉が・・・。
「屋上にも部屋があるが、そちらは1人3万リエルでいいよ。」
1人3万リエルと言えば、ドミトリーと同じ値段だ。とりあえず部屋の状況を確認しに行く。
個室であり、ベッドはないが清潔そうな床に布団が置いてある。電機もコンセントもあるし、エアコンも置いてある。
(う〜ん、なかなか良い!!)
マユにも説明して、値下げ交渉。宿としてはベッドがないので、安くしても良いと思っていたのだろう。個室にもかかわらず、ドミトリーよりも安い値段で借りられることとなった。屋上には他に部屋はない。そして、通常は屋上への扉には鍵がかかっている。
私たちの専用のような屋上はとても広い!!夜にはきれいにライトアップされたマスジェデ・ジャーメが目の前に見える。
(う〜ん、良い宿だぁ〜。)

夜は、ソファや椅子がたくさん並ぶ快適な中庭で、水パイプをふかす。タバコはやめたのだが、水パイプはニコチンやタールもない(もしくは少ない?)らしいので挑戦。香りはあるが、どうも良さは分からない。でも、雰囲気だけ満喫したのだった。
中庭の中央には噴水もあり、本当に安宿とは思えない雰囲気だ。これだったら、高級ホテルの中庭としても行けそうだ。

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ミニ情報

++金曜日++

金曜日にペルセポリスを訪れた日本人によると、入場料が無料だったらしい。

5000リエルなので、払うのも良いと思うが。

 

ミニ情報

++ペルセポリス・ツアー++

旅行会社のツアーで訪れると・・・。

午前(8時出発)はグループツアー。・・・US8$

午後はプライベートツアーとなる。時間は自由。・・・US9$

どちらも入場料込み。
4〜5時間程度。1US$の違いであれば、プラオベートツアーの方がお得感がある。ただし、1人ならともかく、複数いるならタクシーでも行ける値段のような・・・。

 

ミニコラム

++遺跡博物館++

ペルセポリス内の博物館だが、料金カウンターがある。
遺跡自体の入場料に含まれているとガイドブックには書かれている(旅行人)が真相は不明。
博物館に行く人は、全員入場料を払っているはずなので、あそこに窓口は必要ないはずだが・・・?

 

ミニ情報

++ヤズド市内へ++

タクシーで5000リエルほど。高く言ってくることも多いが、普通にこの値段で乗れることが多いようだ。

 

ミニ情報

++旧市街MAPー++

旧市街の道はかなり入り組んでいる。

時間があってのんびり歩き、見所を探すのに苦労しても良いという人以外は地図を買ったほうが良い(金曜モスクの前のお土産物屋さんにある地図は無料かもしれない)。

ガイドブックの地図よりもずっと詳細で、曲がりくねった道全てが書かれているので非常に分かりやすい。

 

++ソフトクリーム++

イスラム国らしく、イランにはソフトクリームやアイスクリーム屋さんが多い。しかし、ソフトクリームには注意!普通のものとは味が変わり、おいしいとは言えない代物だ。たぶん、牛乳やクリームを多く使う代わりに「何か」別のものを使っている。味が妙〜なのだ!

 

ミニコラム

++地下への道++

かつては地下水路につながっていたと思われる階段がたくさんある。
かなり深い(2〜30mくらい)ところまで下がると、地上の温度に比べて随分と涼しくなる。・・・、むしろ寒くなるくらいだ。

もっとも今は、どの階段の先も塞がれてしまっている。ゴミも溜まったりしていて雰囲気がない場所もあるが、この涼しさを体感するだけでもいい。

他に旧市街の見所を回ると、大抵地下室がある。そして当然のようにかなり涼しいのだ。
乾燥地方で、暑い夏をやり過ごす為の知恵なのだろう。

 

ミニコラム

++風の塔++

砂漠地帯は暑い!!

そんなわけで、この地方には独特の通風システムがある。
屋根の上まで伸びる塔には側面にしか壁がなく、風を室内まで取り込んできて、少しでも涼しくするようなシステムなのだ。

なかなか味があって良い!!でも効果の程は不明。

 

ミニコラム

++旧市街の交通++

旧市街の路地は狭い。それにもかかわらずバイクや車が走り抜ける。
避けるスペースも余りない。スピードを落として走ってもらいたいものだ。

 

●沈黙の塔。永遠の火!!(ヤズド)

ゾロアスター教徒が鳥葬を行っていた「沈黙の塔(ダフメ)」が、ヤズドの郊外に残っている。
宿からは7〜8kmほどもあるようで、歩いていくのはちょっと厳しい。タクシーで行くことにした。往復で交渉するのだが、言葉も通じないこともあって、なかなか話がまとまらない。

マユとどうしようかと悩んでいた時、イラン人紳士が現れた。隣に車を停めていて、用事が終わったので戻ってきたところらしい。
幾人かの運転手と交渉し、話をまとめてくれた。う〜ん、イラン人の紳士はたいてい優しい。こういう人たちがとても多いので、イラン人の印象はもっぱら良いのだが、1部の若者はアジア人を見ると中国人と勘違いし、中国人をばかにするような言葉を投げかけてくる。

とあるイラン人に聞いたところ、そういった若者の多くは、教育がない若者とのことだったが本当だろうか。確かに、ちょっと現実を眺めれば、中国人などどこにも観光していない。アジア人でいるのは日本人だけだ。まれに韓国人もいるようだが、かなり少ないだろう。
最近では、多くの中国人はテヘランの地下鉄建設の現場で働いていたとのことだが・・・。
もっとも、どこの国の人か分からないというのは、多くの日本人も同じかもしれない。実際に色々な国の人に接しないと顔や服装、雰囲気は見分けられないものだ。ただし、日本人とイラン人の決定的な違いは・・・、幼稚かどうかかもしれない。イラン人は本当に行動が幼い(1部なのだろうが、結構目立つ)。

「沈黙の塔」も、イラン人にとってはちょうど良いオフロード場と化していて、バイクが走り回っている。他に楽しみもないのだろうが、日本の「暴走族」のようなものだろう。日本で「暴走族」を見たことなどほとんどないが、きっと今でもどこかでいるのだろう。
(ああっ、悲しいことに日本人にもいるんだなぁ・・・。)

「沈黙の塔」は2つの丘の上にそれぞれ立っている。50年以上使われていないらしく「遺跡」といった面持ちだ。上って見るが、鳥葬を思い起こさせるのはガイドブックの文章くらいだ。
むしろ近くにある住居跡などの方が、リアリティを感じられた。鳥葬は、今でもチベットなどで行われているし、インドでも行われている。イスラム教体制のイランでは、ゾロアスター教の聖地と言えどもこんなものなのだろう。

ゾロアスター教の寺院には、AD470年以来燃え続けている火がある。燃え続けていようがいまいが、火としては変わりがない。
ただし、「燃え続けている」ということを考えると、いろいろ考えてしまう。旅行人のガイドには「三大ガッカリ」とも書かれているが、何を想像するかによるかもしれない。多くの文化遺跡や自然は、知識がないと分からないことも多い。それに引き換え、「燃え続けている」という現実は分かりやすい。

(燃え続けるってどういうことだろう。)
(ただ、ずっと灰を作っているだけだろうか。)
(どんな人たちが、燃やし続けていたのかな・・・。)
燃やし続けることは、時として、とても大変だったに違いない。

オリンピックの聖火は大会のたびに、オリンピック発祥地ギリシャのオリンピアで太陽光から採火するらしい。こういった関係ないことを考えるうちに火についての思いは終わった。

ところで、ゾロアスターとは、預言者であるゾロアスターを開祖とする宗教だ。古代ペルシャにおこった宗教で、今のイランにあたる。本当にイランはかつては世界の中心の1つであったろうというくらいに遺跡や文化的な遺産が多い。ゾロアスターの「アベスター」とよばれる聖典には、ゾロアスター自身の言葉「ガーサー」がある。
ペルセポリスに刻まれた神の姿も、ゾロアスターの影響があるという。ゾロアスターに関するちょっとした知識は、ペルセポリス遺跡を見るにあたっても極めて重要なのかもしれない。

●パスタサンドが2500リエル。サラダは!?(ヤズド)

ずっと自炊では面倒でもある。
外食の貧しいイランでは、安くておいしいものを探すのに苦労する。

「パスタサンドが、2500リエル(約34円)でしたよ。」
ラホール以来に再会した関根さんが、パスタサンドを教えてくれたのはラッキーだった。それ以後、他の街でもパスタサンドを良く見かける。イスファハーンなどでは、それを3〜4000リエルと言われるが、おそらく外国人料金なのだろう。

安くておいしいパスタサンドに満足し、数回通った。そして最後に行った時、ずっと気になっていたサラダを注文した。そんなに高くはないだろうと、値段も確認しなかった。

パスタサンド2つ(5000リエル)、瓶コーラ(1000リエル)、そしてサラダ。10000リエルで足りるだろうとお札を出す。何やら店員が4000と言っている。ああぁ、サラダは4000リエルで、10000リエルぴったりだったのだなぁ〜。
のんびり食べ終わり帰ろうとすると・・・店員が慌てて何か言っている。
訳が分からないが、お金が足りないとのコトのようだった、驚いて店員のところに行く。そしてサラダの値段を聞くと・・・8000リエル。高くはないが、ちょっと驚いた。確かにサラダの量は多めだったし、ハムも入っていたし、そんなものだったのだろう。

インターネット事情。(ヤズド)

他の町に比べ、やや見所の質が落ちる(?)ヤズドではインターネットカフェがやや多めだ。ざっと見ただけでも、泊まっているSILK ROAD HOTELの系列店を始めとして3〜4軒あった。

さて、その質だがなかなか悪くない。今まで見たPCは全てWindows XPだ。日本語読み書きはもともと入っていなくても、設定を変えれば簡単にできるようになる。XPでも設定不可能のPCも存在するのだが、特殊なイラン文字を抱えるこちらのPCは特殊な日本語の設定も含んでいるのだろう。今のところ、全部日本語読み書きOKだ。
問題となるのは、スピードだ。インドで慣れてしまった「中級スピード」に比べると、イライラすることも多い。

ゾロアスター教寺院の目の前にも、インターネットカフェがある。
寺院が昼休みで閉じていたための時間潰しだったが、意外にも良い店だった。まず、店員が英語ペラペラだったこと、スピードがやや速いこと、料金が1時間5000リエル(他の店は8〜9000リエル)と安かったこと、空いていること。交互にゾロアスター教寺院の観光に行ったのを挟みながらも、3時間弱もここに居座ってしまった。

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ミニコラム

++沈黙の塔へ++

1台のタクシーで往復する必要は全くない。
もし、待ち時間分の料金を請求されるor待ち時間に制限が付くくらいなら、往路だけの料金で行こう。

沈黙の塔の目の前の通りには、十分な車の往来があり(バスもある)、タクシーは簡単に拾える。

私たちはヒッチハイクになったが、どちらにしろ郊外には親切な人が多い。

 

 

 

ミニ情報

++ゾロアスター寺院++

SILK ROAD HOTELから徒歩40分ほど。割と距離がある。
途中、特に見所もないのがつまらない。

ちなみに、左の写真だと火の大きさが分からないが、金属製の火の台は直径1m弱。
ガスや、石油、炭などではなく、木が燃やされている。

 

 

 

++シエスタ++

夏は暑いイランにはシエスタ(正午から午後にかけて休む)制度がある。
この時間になると、店や銀行、レストランが閉まり、不自由することが多い。(一部の店は開いている。)博物館や遺跡、モスクなども同様なので気をつけよう。

 

 

 

ミニコラム

++多くのモスク++

旧市街の金曜も空くだけでなく、同じような規模のモスクが複数ある。
また、バザールもきれい。特に見所が少ないヤズドでは散歩がてら、アチコチ歩いてみるのも良い。

 

 

 

ミニコラム

++ペルシャ語++

イランの言葉は右から左に書く。しかし数字だけは左から右に書くようだ。

左から右に書くのに慣れているためか、右から左に書くのはとても厄介そう。実際に書いている人を見ても、スムーズでない。

インクのペンではとても書きづらいだろう。