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ベトナムの悪いイメージ。

旅人にとってのベトナムのイメージはあまり良くないようだ。10年前に訪れているタカからは、
「ベトナムは、不便だし、ムカつくベトナム人が多い。」
と聞いていた。だけど、あらかじめ肝に銘じていたせいか、私はそんなに嫌なイメージは持たない。

私が嫌いではないその理由として、旅の仕方にあるのかもしれない。私たちはご飯はだいたいメニューのある所に入るし、移動もほぼ交渉なしのツーリストバスを利用する。どちらかと言うと楽をして旅をしているので交渉の余地がない。
レストランもツーリストバスも現地人より高い値段で設定されている。だから結局は、
「お金さえ払えば、楽に過ごせる。」
そうなってしまう。それに対して怒るか仕方ないと諦めるかは、人それぞれだ。私は仕方ないと諦める方だが、外国人料金はやむを得ない、と思う。現地人と同じ(日本人にしたら激安の値段で)値段にしてくれ!というのも逆におかしいと思う。
逆に外国人料金に対して怒りを感じる時は、単純にお金を使いたくないと言うセコさではないだろうか?

そんな私にも「ムカつく!」と思った場面はある。
ホーチミンでじゃがいもの炒め物を頼んだ時だった。値段は5000ドンで(まぁ、こんなもんかなぁ。)と思い、値段は交渉しなかった。それから注文し、大人しく片隅で待っていた。料理方法が複雑なのか、単に要領が悪いのか1皿分作るのに5分くらい時間を要している。(今作っているのは私のかな?)と思うと、前に注文していた人がいたらしく、その人の手とへと渡っていった。さらに待っていると、別の現地人が注文にやって来た。さすがに次のは私のかな、と思っていると、なんと後から来た現地人に渡しているではないか!憤慨した私は「いらない!キャンセルだ!」と怒りを露にした。向こうはしばらく渋っていたが、お金は返してもらえた。お金の問題じゃないだけに、その後このことはそんな大して気にならなかったが。

他の国では普通に定価がある商店でも、日用品やお菓子、ジュースを含めて全てを交渉しなければならないことが多い。外国人を相手に倍の値段をふっかけてくる。商店や屋台で「ディスカウント!」とかやっていること自体がおかしい。値段を高く言う上に、お釣りをわざと少なく渡したりもする。
ベトナム人は強引だし、常に平気で嘘をつく。だが、ゲーム感覚でやり取りしていればストレスがたまるほどのことはない・・・と思う。私は運が良かったのかもしれないが、何度かやり取りしているうちにスルっと値段が下がったりすることも多かった。

ただ、ベトナム人は必死なのだ・・・。
ベトナム人の50代以前の世代はまだ戦後の痛みを背負って生きているだろう。たくましく強気で生きなければ前に進めない、そう感じて生きてきたのかもしれない。それが今でもベースとなり、ベトナム人を強気にしているのかもしれない。どんなに経済成長していても、アメリカの落とした枯葉剤の犠牲を受け、足を無くしているなど不具の人の数は変わらないのだ・・・。

外国人料金について考えた。(ベトナム)

旅行をしていると外国人ということで、高い値段を言われることがある。

それは、どこの国でもというわけではないが、途上国では普通といえば普通のことだ。ちなみに、私たちが旅をしてきた国では、ベトナム、インドネシア、ラオス、カンボジアだろうか。
しかし、それらの国の中でも、情報ノートや旅行者の声でベトナムを嫌っている人が極端に多いような気がする。これには、何か理由があるのではないだろうか。

パッと考えてみると、ベトナム以外は商売の駆け引きの要素が強いが、ベトナムは駆け引きではなく"外国人にはいくら"と決まってしまっている点が異なる気がする。

そもそも外国人料金とは、どこから発生しているのだろうか。

思うに社会主義国の安いインフラ料金に対して、外国人が利用する際には"高い外国人料金"を設定して徴収するなど(電気ガス水道なども)が始まりではないだろうか。そして、それについては国民の共有財産を"国民以外が使用する場合には(例えば)建設費分の料金を上乗せして徴収する"という理屈が考えられる。
それもどうかとも思うが、税金で建設した国有の資産を利用する場合には、納得可能な理由でもあるだろう。

では、あるモノを普通の価格よりも高い値段で売ろうとするという行為はどうだろうか。
ほぼ一物一価が基本であると言いつつも、日本であっても価格は店によって異なる。そして、購入する消費者が、どこで買うかを選んでいる。家から近くのお店で買えば高いかもしれないし、遠くの安売り店まで行けば安いかもしれない。ごく普通の話だ。要は、売る者と買う者の妥協点を探り、お互いに納得した価格で売買できれば、普通の商行為と言えると思う。
さて、そう考えると、ベトナムの商売人が高い値段ばかりを押し付けようとする行為も全く正しい。しかし、本当にそうだろうか、例えば外国人に対しては"利益の出る価格であっても売らない"というのは、どう捉えれば良いのだろう。

まず言えることは、交渉しても値段が下がらない場合は、その地域全般にそうであることが多いということだ。要は、その町の旅行者が集中するエリアではとても値段が高い(通常価格の倍など)。そして、利益の出る価格であっても、ある程度以上の価格でなければ売らない。その高く売る特殊エリアが狭ければ、対処のしようがあるが、それがなかなか広い。よって、とても高い価格で購入せざるを得ない。要は納得はしていないけれど、購入せざるをえないのだ(もしくは、次の町まで購入を見合わせる)。
その行為は、先進国で言えば談合のようなものだろう。そういったことが犯罪であると、当たり前のように考える日本(先進国)から行って、高く売りつける行為に対して憤りを感じることは極めて自然かもしれない。

さて、外国人に高く売りつけるという行為は、旅行者の少ない地域ではほとんどない。それは、多くの外国人料金は、旅行者が訪れることによって発生したということを表している。
外国人料金の発生は、当初はお互いにとって悪意や利益目的ばかりではないだろう。言葉の問題から意思疎通が不十分で、単純化するために現れたりする。
例えば2,500を表現するのに、2,500を表現するのは面倒なので、単に3,000と伝える(他にも発生は考えられるが、ここでは省きます)。それを毎回やっているうちに、旅行者は高い値段でも平気で買っていくと考えるのだろう。高い値段で売れれば、より多くの利益も出るし好ましいに決まっている。そして、旅行者向けの価格が少しずつ少しずつ高くなっていくのだろう。
今、そういった国や地域を訪れている旅行者が、販売者の言われるままの高い値段を受け入れていると、後に訪れる旅行者はより高い値段でないと買えなくなってしまうということも考えられる。

そういった国の発展(?)が進み、人や物の移動が激しくなれば、一般的には"特別な値段"は消えていく運命にある。そのように考えると、これも発展(?)の一段階なのだろうか。

根本的なところに話を戻すが、ある程度値段が高い料金で売りつける行為は、外国人に対してだけ行われているのだろうか。いや、そうではないと思う。地方から出てきて(またはその逆)、利用したいサービス(または、モノ)の料金を知らない者は、同国人であっても高い値段が請求されることがある。しかし、それにしても通常価格の倍などは起こっていないのではないだろうか(全くないとは言わないが、日常的かどうかという問題)。
どちらにしても、同国人の場合はお互いが納得いく価格で売買が成立するのではないだろうか。例え高い値段だったとしても、お互いが納得していれば問題はないはずだ。
この場合は、外国人と同国人の差異は言葉が通じるかどうか、ということにも大きな原因があるのだろう。
もっとも、外国人料金が定着した場所においては、言葉が通じるかどうかなどは問題ではなくなっていることが多い。言葉が通じずに、売るのに値段の説明をしなくてはならないとかが面倒だから高く売ると言うのではなく、値段をしていて品物とその値段を提示しても、倍くらいの金額を請求してきたりするのだ。・・・つまり言葉云々でもない。そして、交渉がなりたたないケースすらあるのだ。

そう、外国人料金が定着してしまっている場所では"交渉(選択)の余地が限られる"というところに不満が生じるのではないだろうか。

特に日本では、誰が購入しようが対価は同じ、というのが常識となっていて、否定のしようがない。そういった観念を持ち込むと、品物毎に交渉が必要であることや、外国人であるがゆえに高い料金を払わなくてはならないということに違和感を覚えるのだろう。

ここまでいろいろと考えてきてみたが、外国人料金の多くは途上国で発生している。よって、日本のような国から訪れた者にとっては、日本で収入がある場合は大きな金額でない場合がほとんどである(もっとも、途上国から途上国に旅行する者のような場合には、とても大きな金額と感じる場合もあるだろうが)。

さて、日本人の場合に考えたらどうだろう。
"外国人料金は、自分にとって大きな金額ではないので払っても良い(消極的理由)"
という考えも普通に思えるが、それが、
"外国人料金は、自分にとって大きな金額だけれども払っても良い"
とは考えられないだろう。要は金額の大小によって、同じ行為に対する判断が変わっているということになる。それは、臨機応変、または、現実的とも考えられるが、どちらにしろ消極的理由だろう。
日本との物価差を考えて、安いか高いかを考えているからこそ出てくる発想だ。

しかし、
"私たちは恵まれているので、外国人料金を払っても良い(積極的理由)"
という考えであれば、問題はないように思える。インドでも、そういった思想はあるし、仏教国などではそれは普通の考え(逆に、徳を積む機会を与えてもらったという思想)もある。
ただし、ベトナムでは商売人の態度の問題もあり、日本人はそういった気持になる人が少ないのだろう(そもそも、日本人にそういった発想は乏しいのか?)。白人旅行者の場合は外国人料金について感じているのだろう。しつこく値切ったりしているところを見れば、日本人と同様に感じているようにも見えるが正確なところは分からない。もっとも、不満の声は大きく広まるけれど、満足について吹聴する人は少ないと考えると、日本人の中でもそれほど不満は大きくないのかもしれない。

屁理屈(大局的に?)を考えれば、
"そういう商売をしている人よりも、もっと恵まれない人に与えるべき(外国人料金などを請求するのは、ある程度恵まれてちゃんとお店を構えて商売をしている人が多いと思う)"
"その場でだけ与えても、何の解決にもならない"
など、いくらでも考えられそうだが、それは"与えたい"という感情を捨ててまでのことではなく、両方すればいいことだろう。ただし、多くの人は"その場"だけで、終わってしまうのだろうし、それを悪いとも言えないが。


アレコレ書いているうちに、取りとめもない内容になってしまった。ベトナムがなぜ多くの人からあれこれと書かれているかは、一概には分からないが、私にとっての結論は・・・

・"交渉(選択)の余地が限られる"ので不満が生じ、ベトナムの外国人料金が嫌な印象を与えている。
・ベトナムでは、積極的理由で支払うような状況(気分)が少ない。

もっとも、これから行く中国も地域によっては印象が悪そうだけれど。

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++ドル++

ベトナムではドルも使える。特にホーチミンはあまり問題ないように思われる。
ただ場所によってはレートも悪くなることがあるので注意。



●ベトナムに来て、初の快適バス!!フエからハノイへ。

ハノイ行きのバスはホテルで購入した。ハノイまでの移動も、ニャチャンからホイアンに移動したのと同様に12時間ほどかかる。長い夜の移動なので、なるべく良いバスでちゃんと眠って移動したかった。

「どんなバスかね〜?」
「今までと同じじゃないの?」
「着いたらハノイで睡眠だね〜。」
「ああぁ〜、3列シートが懐かしい〜(笑)。」
期待と不安が交錯する中、ホテルのロビーでバスを待つ。
ちなみにバスに乗車する際には、バスの良し悪しだけでなく、バスに"いつ乗るか"というのも重要な要素だ。なるべくなら、1番最初に乗車して良い席をキープしたいのだ。
良い席と言っても一概には言えない。バスによっていろいろと違うのだ。
・エアコンの効きや乗り心地で考えると前方が良い。
・窓が開く車両なら、窓を自由に開けられる席。
・リクライニング/肘掛など設備が壊れていない席。
・前後の座席間が広い席(通路の左右で、席幅が異なるバスがある!)。
他にもいろいろあるけれど、最初に乗らないと座席を選ぶことはできない。

しかも!!
乗客で埋まった後に乗ると、2人が横に並んで座れる席はまず空いていないのだ。といっても、最終的には空くことになるのだが・・・。
それはこんなわけだ。2人組なのに1人ずつ窓際に座っている乗客が必ずたくさんいる。あわよくば乗客が少ない場合、1人で2人分のスペースを使いたいという目論見だ。それは分かる。でも、ベトナムのバスで、座席がいくつも余っているというのにはお目にかかっていない。

だから、乗客が乗ってくるにつれて、元の2人組が横になるように席替えを始めるのだ。誰にしても窓際が好きなのだろうが、知らない人と隣の座席になり一晩を過ごすよりは知人と隣になることを望むからだ。
どうせそうなることが分かっているのに、後の方に乗車した場合は、そうやって"誰かが諦めて席を移動する"のを待たなくてはならないのだ。

"誰かが諦めて席を移動する"というのは、それなりに微妙な空気が漂う中、しばらく時間がかかる。2人組なのに1人ずつ窓際に座っている乗客が何組もいるので、誰が先に動くか(=諦めの早いor親切心のある)で駆け引きがあるからだ。う〜ん、面倒なのではじめから座席指定にして欲しい。
バスが自由席の国は多いけれど、こうやって不毛の争いをしなくてはならないのは、乗客がそれぞれにバラバラに乗ってくるからだ。もうちょっと頭を働かせて、乗客を気持ちよくバスに乗せようとか考えることはできないのだろうなぁ〜。この辺が今のベトナムの"サービス"の限界のようだ。

ベトナム全般にバスの話になってしまったが、本題は違っていた。書いているうちに、違う話に夢中になてしまった。
さてさて、ハノイに向かうバスは実に快適だったのだ。ベトナムに来て1番良いバスだった。前後の座席の幅が広く、足を伸ばして寝ることができたからだ。また、前後の幅があると、リクライニングを倒すことができる。
バスは時間通りに現れて、いつも通りに少ないトイレ休憩ながらも快適に進んだ。そして、朝の6時頃にハノイに着いたのだ。

ただし、街中の大通りの、どこだか分からない道端で降ろされてしまった。周囲には安宿などありそうにもない。周囲には宿の客引きなどもいて、バイクタクシーで宿に向かったのだが、バスはもっと分かりやすいところで乗客を降ろして欲しいものだ(他の国にも言えるけれど)。

まぁ、バスでの睡眠が快適だったから、最後の最後でベトナム・バスの印象がアップしたのだった!

●ハノイの町はなんだか、アカヌケナイ。

エアコンの付いた、ちょっとだけ高級なレストランで、たまにはのんびりと食事をしたいということで2人の話はまとまった!

湖の北側から西側を通り湖の南側へと、ハノイの町を歩く。しかし、なかなか気に入ったレストランが見つからない。そもそもカフェやレストランが少ない。あっても、多くはエアコンが付いていないし、エアコンが付いていると値段がとても高かったりする。

4時間ほど歩いていた(実に我慢強く!)が、結局諦めて日本食レストランに行ってしまった。余計にお金がかかるけれど、疲れてしまって
(アレコレ考えるより日本食だ!!)
という気分になったのだ。しかも、考えてみると日本食レストランって、ほとんどエアコンが付いている。これは、日本人がエアコン好きの民族だからだろうか?
例えばイタリアンとかなどは、オープンテラスがあったり、オープンエアだったりとエアコンがないことも多い。それに、白人の中にはそういうのが好きな客が多いのだろう。もちろん日本人にだって、オープンな場所が好きな人もいるけれど、実際の日本食レストランを見る限りは数は少ないのだろう。

スーパーマーケットを何軒かまわった。しかし、国営らしいお店や何だか商品の少ないお店も多く、ホーチミンとは雰囲気が違う。もちろん活気があって品物も豊富にあるお店もあったけれど、全体としてはそういうお店は少ないのではないだろうか。
なんだか、日常の買い物が楽しくない町はイマイチな印象になってしまう。
んっ?私は余り服などのショッピングに興味はないが、スーパーでの買い物は大好きなのだ。女のコが買い物好きなのは、この延長線上なのかなぁ・・・?

●歩いてる、歩いてる。(ハノイ)

(何でこんなに歩いてるの・・・?)
ハノイの朝は不思議だ。朝の5時より前から、多くの人々が道路を歩き回っているのだ。走っている人もいるので、健康を考えてのことだとは分かる。でも、こんなに朝早くから道路が一杯になるくらいに歩き回る人がいるとは!?

ベトナムは健康フェチの多い国なのだろうか?

ビーチなどで、必ず走っている白人がいる。彼らを見ると、いつも
(ああ、健康フェチなんだなぁ〜。)
と思ってきた。でも、ベトナムはそれどころではないのだ。

中華系の人たちが、早朝に太極拳をしたりというのは頻繁に見る。でも、こんなに朝早くから、こんなにたくさんの人というのは初めてだ。これから中国に入って、もっと凄い人たちを見るのだろうか。
ああぁ、その為にはちゃんと早起きしなくては!

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++ホテル++

ベトナムのホテルはレベルが高い!ハノイはやや割高なホテルが多いが、それでも設備の揃ったAC付きツインルームを10ドルぐらいから泊まれる。ちなみに夏のハノイはエアコンがないとキツイ。

●ハロン湾ツアー!!

(このコ、本当にしつこいなぁ〜。)
ハノイで宿泊した宿のフロントにいた女のコが、やたらとしつこくツアーを勧めてくるのだ。私たちは、お腹が減ったのでご飯を食べに行きたいと言っているのにイライラ。
「お腹が減ってるんだ・・・」
「ちょっとだけ!ハイ、座って!」
あれこれ一方的に話して、私たちがついに立ち上がったときに言った。
「他のツアーで安いのがあってもここに戻ってきて。安くするから。」
(う〜ん、本当かなぁ〜。ホントに営業熱心だな〜。)

そんなように感じていたのだが、私たちはそのオススメのツアーとやらに参加した。他の場所でもツアーの値段を聞いてみたのだが、15US$というここのツアーが1番安かったからだ。彼女は、もともと自分のツアーがかなり安いので、説明さえしておけば自分のところに自信を持っていたのだろう(?)。先に値段や説明をしておかないと、私たちが高い他のところで予約してきてしまうとも限らないし。
ちなみに、ツアーには、往復のバスとホテル、食事(朝1、昼2、夜1)、クルーズなどが含まれていた。

世界遺産にも登録されているハロン湾は、雲っていた。が、確かに絶景というか他ではなかなか見られないような奇岩がたくさんニョキニョキと海からはえている。"はえている"というか"そびえている"わけだが、船が進むにつれてどんどん角度が変わり、景色が変わっていくのでしばらく飽きずに眺められる。どんなに綺麗な景色でもすぐに飽きてしまう私だが、ハロン湾はなかなかおすすめだ。もっとも、船の席が快適で気分が良かったというのもある。人が少なくて、クッションのきいた椅子にゴロゴロできたりと座席に余裕があって、ラクチンなのだ。

船自体は特別大きくない。2層構造の船室と屋上がついていて、全長は20mほどか。幅は6mくらい。1番下の層は、宿泊用の部屋になっており、カットバ島宿泊ツアーよりも3US$多く払うとそこに泊まれるようだった。
こういった船がたくさんあるので、ツアー毎に1艘づつの船が使われている。
ツアーにその日、どのくらいの人数が参加するかが快適さに大きな影響を与えそうだ。他の船を覗いていると、日本人ばかり乗ったような船や、混んでいる船。そして、乗客がほとんどいない船なども見えた。
それにしても、乗客が2人しか見えなかった船はチャーターだったのか!?

見所の1つである洞窟は、カラフルにライトで彩られ、とても幻想的な雰囲気を出している。今まで訪れたいくつかの大きな洞窟とは規模では比べられないし、雰囲気が全く違うが目を楽しませてもらった。雰囲気が違うというのは、余りにも"手を入れて"洞窟ではなく人工的な美しさに仕上げてしまっているからだ。
洞窟の内部であれば、鳥が住み着くとかもありそうだが、鳥などもいない(糞がないのはありがたい〜)。コンクリートで大々的に手すりも作られて、元の姿を保存しようという感じではないようだ。

ちなみに2日目、つまりカットバ島からの帰りの船では、私は爆睡してしまった。雨が降っており、初日とは違った幻想的な雰囲気でもあったのだが・・・。ところで、マユはちゃんと景色を楽しんでいたようだ。

このツアーの最大の良かった点は・・・ハロン湾の景色は置いておいて・・・食事である。なんと、食べ放題であった。
・白米
・空芯菜のニンニク炒め
・豚肉野菜炒め
・もやし野菜炒め
・魚のから揚げトマトソース味
・フレンチフライ
・(揚げ)春巻き
・(何だか不明だが)野菜炒め
・豆腐
・イカ野菜炒め

これらがなかなかおいしい!!
普段はチャーハンや、麺などの1品料理を食べている私たちにとっては、とても贅沢なご馳走だ。毎回、満腹になっお腹がはちきれそう。う〜ん、こんな食い意地が張った私ではまずいかなぁ〜。いや、まずくない(たぶん)。

●カットバ島のイメージ。

何だか無理やり観光地らしい風景を作り出そうとしているような町だ。
島の自然はきれいだろうし、それはそのままにしておけば良いと思うのだが、余計なものが多すぎる。

海に面した大通りには、夜になると様々なネオンが輝く。・・・輝きすぎと言ってもいい。大して人も多いわけではないのに、スペースは広く、ネオンもきらきら輝いている。何だか、大きな町の川沿いの公園や海沿いの広場といった趣なのだ。

お店に行っても商品の種類は少ない。そして、お決まりのように値段は高い。
(はぁ〜、こういうところにはもう来たくないなぁ〜。)
切実にそう思ってしまうような町だ。ハロン湾を訪れる観光客は、ベトナム人外国人を問わず多いのだろう。こういった町を望んでいる観光客がいるのだろうか。中にはいるのだろうが、ベトナム人の趣味なのだろうか。私には、センスが悪いとしか思えなかった。

●土砂崩れ!?途中で停まってしまったラオカイ行きの電車。

贅沢にもソフト・スリーパー(エアコン付き)の電車のチケットを購入した。ソフト・スリーパーとは、簡単に言うと1等寝台である。ちなみに中国で言うと軟臥だ。硬座と無座しか乗ったことのない私には憧れの対象だ。
タイやインドネシアでも、電車には乗っていたが、1等の電車に乗ったことなどなかった。ベトナムでこういう電車に慣れてしまうと、中国での厳しい電車移動に耐えられなくなって軟臥オンリーになってしまいそうで怖い。

ベトナムの電車は時間に正確なようで、22:10ちょうどに駅を出た。スルスルと大して音も振動もなく、なかなか良い。それまで車両接続部の鍵がかかっていたが順番に空けられ、トイレにも行けるようになった。
コンパートメント内にあるベッドは、左右に上下2段づつ。私たちは右側の上下。アメリカ人女性の2人組が左側の上下だった。下段のベッドは箱にもなっており、荷物をしまうことができる。かなり大きな荷物も入りそうで、親切設計だ。
出発前には、乗客それぞれに500mlの水とパンが配られた。
(なかなかサービスがいいではないかぁ〜!)
といった第1印象なのだ。コーラやビールなども売りに来ているが、これでそれらは不要なようだ。

そんなこんなで、私とマユは心地よい眠りにつき、朝6時頃まで熟睡した。マユは、何か甘いものを食べて、料理をしている夢でも見ていたようだ・・・。

突然まわりが騒がしくなった。ベトナム語とともに英語も飛びかっている。
「ラオカイ、サパに行く人は着いて来て〜!」
「早くしないと行っちゃうよ〜。」

(???ラオカイ行きの電車なのに、なんなんだ???)
電車よりもミニバスの方が早く着くよ、とかいう勧誘だろうと思いウトウトしながら聞いていた。ああ、うるさい、もっと寝ていたいのに。
しばらく聞こえないフリをしていたが、ついに車掌もやってきた。
「ここで電車は終わり。」
「ここはラオカイ?」
「違う。」
しかし、なぜこの先に進めないのかは分からないのだ。英語を話すベトナム人はいるようだが、そういった込み入ったことまでは話し合えない。

ともかく仕方がないので、急いで荷造りをして電車を降りる。
外には GA PHO LU と看板があり、フォールーという駅のようだ。ここからラオカイまでの距離もさっぱり分からない。

う〜む、電車のチケットを騙されて買ったのだろうか?この電車はラオカイ行きではなく、フォールー行きだったのだろうか?それにしては、タイムテーブルにもラオカイまでの時間が書かれていたようだが。
そんなアレコレの疑問を思いつつ、窓口で払い戻しができないか確認。しかし、できない。ベトナム人は払い戻しているようなのに何故外国人ができないかも???だ。言葉が通じないことの不便さを痛感!!

駅の外にはミニバスがたくさん待機していた。
「ラオカーイ!ラオカーイ!ラオカーイ!」
「サパー!サパー!」
そんな呼び込みと共に、客引きもまわりに集まる。私たちはしばらく、客引きは無視して白人旅行者の値段交渉の様子を見ていた。

話をまとめるとこんな感じだった。もちろん最初の言い値はこの数倍である。
フォールー − ラオカイ 2〜30,000ドン
フォールー − サパ 5〜60,000ドン

電車のチケットをラオカイまで買っていたのに、なぜラオカイまで行くのにお金を出さないといけないのか・・・。そんな憤りを胸に秘めつつどうしようか、もしかしたら待っていたら別の電車が来て乗れるのではないか?そんなことを考えていた。
しかし、待っていても仕方がないし面倒くさい。近くの気弱そうなおじさんに話をする。値段はすぐに40,000ドンに。こんなに値段が簡単に下がってしまって良いのだろうか?まだ近くでは、もっと高い値段で白人たちが戦っているというのに!?
そこにおじさんの仲間が現れ「50,000ドンだ」と私たちに言い始める。なぁ〜んだと思って、他のミニバスにも話を聞いてみようと思ったが、気弱そうなおじさんが再び40,000ドンで良いよと言ってきた。ちょっと、あとで料金で揉めるのではないかと不安はあったけれど、まだ乗客が少ないうちにミニバスの良い座席を確保!!そのまま私たちは快適にサパを目指したのだった。

ちなみに車内で乗客からお金の徴収があったのだが、私たちだけは後回しに。なんでかなぁ〜、でも値段が違うから後で払う方が良いよなぁ〜、と思って見守っていた。
降りる少し前に気弱そうなおじさんが、私たちにお金を払ってくれという仕草をした。他の人に見えずらいように、2人分の80,000ドンを丸めて渡す。彼はニコッと笑って、サンキューと言った(他はほとんど英語は話せないようだ)。
降りてから、私たちもニコヤカにお礼を言って笑顔で別れた。何で私たちだけ安くしてくれたのだろう?
顔がベトナム人に近いからか(そんなことあるかぁ〜)?
それとも、親日家だったのか?
どちらにしてもありがたく、電車が途中で停まってしまうという朝のイラダチを忘れさせてくれるには十分だった。多謝!!

で、結局サパに着いてから分かったのだが、フォールーの先で前日に土砂崩れがあり電車が進めなくなってしまっていたらしい。運が悪いというか・・・、同じ宿には土砂崩れがあった日に電車に乗っていた人もいた。
彼らは、駅でもなんでもない場所に停まった電車の中で午前10時頃まで待たされたらしい。そして、電車はバックしフォールーへ。ミニバスで60,000ドン払ってサパまで来たとか・・・。私たちよりも、もっとツイテない・・・。

・・・ラオカイからサパまで来る道でも、数箇所の土砂崩れに出会った。しかし、幸いなことに道は半分ほど通行不能なだけで、通ることはできた。良かった。電車もバスも駄目だなんてことになったら、疲れきってしまっていたかもしれない。
ラオスの土砂崩れの時も、ちょうど運良くミニバスに乗っており、余り時間的なロスなどはなかった。最近の私たちは、ちょっとだけ運が悪いけれど、そんなに悪すぎもないという運気なのだろうか!?

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++ツアー++

ハノイにあるホテル「THU' GIANG G.H.」で予約できるハロン湾ツアーがおすすめ!質が良くて、交渉次第でディスカウントが可能。

民族衣装が町を彩るサパ。

サパは標高約1500mにある避暑地である。周囲の山中の村々にはモン族やザオ族などの少数民族が住んでおり、白人や日本人、中国人などの旅行者が多く訪れている。
村までの道も絶景が続き、急な崖に懸命に(?)作った壮大なライステラスが眺められる。
ここでは霧のかかる幻想的な自然の風景と、昔の日本を思い出させるような人々をゆっくり眺めるのも楽しい。

マーケットは土日がメインだと聞いていたが、金曜でもいろいろな人で賑わっている。
室内ではモン族とザオ族がたくさんの民族衣装やバッグ、アクセサリーなどを並べて売っている。大半の人が仕事の合間に、商品になる生地に刺繍を縫い続けている。糸は赤・青・黄などの原色を実に鮮やかに組み合わせ、花模様や独自の模様を魔法のように作り上げていく。

手に取って見てみたがスゴい!鮮やかで細かくて美しいのだ。日頃は実用性を考え、どちらかというと地味な色合いの服を身につける、というのはごく普通の感覚だと思う。が、これらの少数民族の人たちは実用性より華やかさを重視しているのか、派手なら派手なほど良い、みたいな考えを持っているに違いない!と思ってしまうのだ。

サパにいるモン族は黒モン族と呼ばれ、黒っぽい服を身に着ける。女性のスカートは膝丈で、足にはロングソックスのように黒い布を巻きつけ、紐でくくりつけている。
スカートをはいているので後ろから見ると、若いのか年をとっているのか判断できないことがある。スカートは年を若く見せるのだろう・・・。
あと、遠めから見ると子供か大人か分からない時もある。栄養が足りないのか、遺伝のせいなのか少数民族の人たちは背が低く、みんな平均して身長が同じくらいなのだ。

ザオ族の衣装は、モン族より彩り豊か。頭には大きな赤い布を巻きつけている。その大きな布を取ると、頭まわりにぐるっと巻きつけた長く豊かな髪の毛が現れる。だから2重に頭の大きさが増量されるというわけだ。
それにしても、真夏は蒸れないのだろうか・・・?

双方に当てはまるのが、派手なバッグやシルバーのアクセサリーだ。服自体はそんなに派手ではないが、小物が鮮やかで引き立てる。人の中身はごく普通のベトナム人なのだろうけど、そんな格好に身を包んだ彼らを見ていると、ついつい名物を見る目になってしまうのだ。

毎日、ず〜っと霧雨が続く。(サパ)

サパに着いてから既に3日目。
毎日のように霧雨が続く。時々、思い立ったように太陽の光が降ってくるとおさまるのだが、すぐに雲が空を覆い尽くす。そして霧雨が、小雨になっていくのだ。

天気が良ければ、サパ周辺をトレッキングに行きたい。周辺には少数民族が暮らす村々があり、そういった生活を垣間見られるらしい。サパの町にも多くの少数民族の人たちが物売りに訪れているが、さすがに村での生活と町での物売りでは雰囲気も違うだろう。

ただし、この村でいろいろな刺繍や楽器を売る少女たちは、ツーリストズレしているけれども"し過ぎて"はいない。なぜそう思うかと言うと、写真を撮らせてもらっても、気分良く笑顔を見せてくれるだけでお金を要求してきたりしないからだ。それよりも、自分の品物を買ってくれるように言って来る。それも、それほど強引な感じでもない。
旅をしていると、写真代を請求するような少数民族などに出くわすこともある。そんなわけで、勝手な私はサパに好感を持つのだった。

町は小さいので歩いてすぐに回れる。小雨や霧雨でも、すぐに戻ってこれるので気にせずに出かけられる。宿にいてもやることはないけれど、町も小さいので外に出てもすることはない。
サパは、トレッキングに行くか、のんびりするか、そういった場所なのだなぁ〜。

花モン族とマーケット。(バックハー)

ベトナムのツアーは結構いい。
値段のわりに質が良いものが多く、今まで参加したもので失敗はない。だからというわけでもないが、泊まっている宿で安く紹介してもらえた「バックハー・ツアー」に参加してみること。
ちなみに今回は私(マユ)ひとりだ。タカは少数民族を見学するより自然&リラックス好き(?)なので、サパでお留守番だ。

バックハーは、サパを一度北上しラオカイ(中国との国境の町)を経由し、そこから南西へ向かったところにある。こちらも少数民族がいる所で有名である。そして、日曜日の大きなマーケットに合わせて、たくさんの観光客がやってきて賑わうのだ。

サパは標高が高いところにあるため、サパ〜ラオカイの道のりはクネクネ曲がる山道だ。朝早くだったからなのか、荒い運転に少し酔ってしまった。車酔いや船酔いは体調・日によって突然やってくるので注意だ。

バックハーのマーケットはサパのそれに比べると規模がかなり大きい。野菜やミニ屋台を始め、衣類、日用品、靴、小物、土産品、少数民族の衣装やアクセサリー、まだ生きた鳥、豚、子犬などが売られている。
子犬はまだ生後2ヶ月くらいのかわいい盛りの犬だが、買い主によって中犬になるまで育てられ、その後食料となる運命である・・・。店番も「犬」としてより「食料」とみなしているのか、蹴ったりして扱いが悪い。遠くにいてもこの「きゃい〜ん」と悲痛な声が聞こえてきて、かわいそう・・・と思ってしまうのだ。

サパのマーケットの民族衣装&雑貨屋はどちらかと言うと観光客向けだが、ここでは少数民族たちも店頭で輪になって商品を物色している。その姿は世界中の女性に共通するもので、懸命に商品チェックをしている姿は微笑ましい。
サパに帰ってから気づいたのだが、バックハーの商品は質が良い。サパは観光客向けに作っているので縫い目が雑だったり粗かったりするが、バックハーは細かく美しい。バックハーでは少数民族も自分自身の衣装買うから当たり前なのだ。
バックハーにいる少数民族の多くは、見るからにカラフルで華やかな衣装をまとっているのが特徴の「花モン族」だ。衣類上下、エプロン、バッグなどは凝った模様の刺繍がたくさん入っている。だから、さらにサパより質が良く感じるのかもしれない。

ここはまだ素朴さが残っているのか、英語を話せる少数民族が少ない。(少数民族でないベトナム人は別。)だから値段の交渉のやり取りもジェスチャーだ。言い値はそんなには高くないのだが、数分頑張るとすぐに値段が下がる。刺繍が複雑なので製作時間は長くかかるだろう。それを考えると、あまり安くしてもらうのもどうかな、と思うのだけど・・・。とにかく、ここの人たちは気さくで柔らかい笑顔を向けてくれる。値段交渉でも楽しい時間を過ごせるのだ。
値段はホイアンやハノイより安めだ。バックハーは民族系衣装が好きな人にオススメできる!

マーケットでおもしろいもの販売・・・。
・タバコ・・・葉が山のように置かれ、そのまわりでは現地人が試吸(?)している。水タバコなので煙がもくもくと立ち昇る。
・椅子・・・折りたたみ式の簡素な椅子である。座るにはちょっと痛い気もするが・・・?
・サンダル・・・少数民族はなぜかみんな薄茶のサンダルを履いている。みんなここで買っているのか?山のようにして売られていた。
・芋の種・・・チョコンとした小さい種をチョコンと座り売っているおばちゃん。かわいい商売だ。
・ミリタリーグッズ(?)・・・帽子、靴、ジャケットなど多数売られている。これを身に付けているベトナム人も多い。

2時間マーケットを自由行動した後は、少数民族の民家を訪ねた。10分ほど軽く山を登ると、質素な造りの家がポツンポツンと見えてくる。道は雨でドロドロで、すぐに足が汚れてしまう。
家の壁は土を塗り固めただけのものだ。室内はマットを敷いただけの簡素なベッドと囲炉裏と作業場。あとはなぜかトウモロコシの山。本当これこそ必要最小限の生活!と言った感じ。安宿でヒィヒィ言っている自分とは大違いだー。

その後、意外にも中国とのボーダーを見学した。こちら側がラオカイ、中国側が河口だ。ラオカイが山ばかりなのに対し、河口はビルが立ち並ぶ都会だ。こんなに橋の向こう側とこちら側に違いがあるのも珍しい気がする。よくありがちなパターンだが、見栄からなのか国境近くは町が発展していて道路がきれいだったりする。そのくせ、少し中に入ると田舎になってしまったりする。

ほとんどの白人はラオカイで下り、中国へ向かうようだった。私は一緒に話をしていた日本人女性と、サパに戻った。その女性は、ホーチミンで日本語教師をしているとのこと。旅人にとっては、何だかアコガレの枠に入りそうな職業だ・・・。

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++買い物++

サパとバックハーにて数品買いました!こちらを見てね。

●霧雨の中、ドロンコの中で転んだ。(サパ)

サパの町から少し離れると、少数民族たちが住む村がある。サパを訪れる観光客は、トレッキング がてらに村多々を訪れる人が多い。中でも特に、気軽に歩いていけるカットカット村(サパから南 西方向)、ラオチャイ村やターバン村(南東方向)などが有名だ。

私たちの滞在中はずっと天気が悪い。
雨が止んだのを狙って外出してみても、町を出て少数民族の村々に向かい始めた途端に霧雨が降り 始めてくる。霧もうわーっと白いモヤモヤをたくさん作り出し、山の下方の風景は全く見えなくな ってしまう。わずか歩いただけで宿に引き返す羽目となってしまう。

今日もあいにくの曇り空。いつものように市場でご飯を食べていると、わずかながらの晴れ間が見 えてきた!準備も何ひとつしていないが、2人して市場を飛び出しトレッキングへの道を歩き出した 。

「ところで、何て言う村に行くんだっけ?」
「・・・・さ〜あ??」
下準備が全くできていない2人であった。

村に向かう道を進むには通行料がかかる。が、宿にあった情報ノートを見て《料金所の左にお墓が あり、そこを回り道するように通って行けばお金がかからずに済む。》ということを知っていた。 もちろん、"悪い"私たちはその情報通りにお墓を目指したのだ。
(貧富の差が感じられるお墓だなぁ。)
大理石で造られている実に立派なお墓もあれば、単に土を盛っただけのお墓もある。そんなイロイ ロなお墓を見物しながら楽々と道を歩き始めた。
墓は下の道路よりやや高いところにあり、舗装された坂道を上がればすぐにお墓の中に入れる。ま あ、向こう側へ下りて行くのも楽勝だろうと思っていた。

「もういやだー。下りたらこのまま宿に帰るんだ。」
私はもうイジケていた。
どうして帰りたくなったかと言うと、単純にコケたのである。お尻からヅドーン!と。手と服が泥 色に染まってしまった。
楽かと思っていた舗装されていた道は、下りの途中でなくなっていた。そこからは、毎日の雨で濡 れてぐちゃぐちゃになってしまっている斜面を恐る恐る下りていかなくちゃならない。しかも霧雨 も降ってきた。

日本人男性旅人はこういった冒険が大好きなようである。
節約したい気持ちもあるのだろうけど、何よりも(行けるかなぁ?行ってみようかな?危険かなぁ?と いうような)危機感が好きなようである。
転んでゴネている私も私だが、どうしようもない冒険心を持つ男も男だ。
汚れた服は湧き水(雨季のせいか、チョロチョロ〜っとじゃなくて、ダー!と勢いのある湧き水であ る。)で服を洗い、洗った服を頭の上に乗せて"歩き乾かし法"を実践した。

「お墓から行くことにはマユも積極的だったけど・・・。」byタカ

●ハプニングだらけのトレッキング!(サパ)

霧雨が止み、山を取り囲んでいた真っ白な霧もあがってきた。
目指す村々はサパより標高がずっと低く、標高差は200〜300mにもなる。サパから離れると乾いた 空気に変わり、ひんやりとした空気もなくなる。サパと、目指す村々の天気は異なるみたいだ。

トレッキングと言っても、舗装道路を単に歩いているだけだ。車はほとんど通らず、人がたまに行 き来するだけ。それなのに立派な道路だ。まだ出来たばかりなんだろう。ただ、周りの崖の落石・ 崖崩れ防止策がイマイチだ。土砂崩れの跡をたくさん見た。道がきれいなのは良いことだが、崖崩 れ防止の方ももうちょっとちゃんとやってくれればいいのになぁ、と思う。

村はもちろん舗装道路沿いにはなくて、山合いの盆地などに住んでいる。情報ノート通りの地図通 りに山の方へ入ってみたが、道は回り回ってかなり辺鄙な場所に出てしまった。村と言うよりは、 農作所とか牛の生活場と言った感じだ。さっきの舗装道路は良かったが、もう至るところに水溜り ありの不便な道に変化した。どうも道を間違えてしまったようだが、すでに戻るのも面倒なところ まできてしまている。そんなわけで、とにかく遠くに村々も見えているので突き進むことにする。

「牛ってかわいいよね。」
こんな意見が2人で一致した。
牛と言っても水牛だ。よく見ると目がつぶらで実にかわいらしい顔をしているのだ。隣を歩いて通 り過ぎると、その間じーっとこちらの様子を伺っているのもおもしろい。見つめあったりもしてし まう。

墓で転んで懲りていたが、また同じようなドロドロ道に突入してしまった。
随分と歩いて丘を下っていくと、前方に白人旅行者らしき人々が見えてきた。
「彼らについて行こう!」
と決めたのはいいが、なぜかその白人があっちへ行け、みたいなしぐさをしているのが見えた。
「何だろう?あっちは行けないのかな?」
「でもあの人たちは行けているんだから、私たちも行こう!」
とついて行ってしまったのが幸か不幸か?更にスゴイ道を進む羽目になってしまった。が、今度は 泣き寝入りはしない!一度来てしまったからには引き返せないからだ。頑張って歩いた分だけ戻る というのは情けなく、許されない行為なのだ。
道は消え、牛も(?)通れないような道になった。さらには1人しか通れないような細い道になったり 、崖にへばりつきながら歩く道になったり、田んぼ川をよっこいせと越えたり、いろいろな道を突 破した。村人さえ姿が見えないほどの道だ。

アレコレ頑張った甲斐があり、ゴールの結晶である少数民族の人たちが見えてきた。物売りの皆さ んだ。徐々に家も増えてきて、トレッキング客用のカフェの姿まで見えてきた。そこはもう90%観 光地であり、少数民族は物売りである。
肉体も精神もクタクタに疲れていたので、贅沢にもその一帯は一目散に通り過ぎてしまった。

最後はバイタクを捉まえ、一気にサパへと戻った。運転手は運転が荒く、しかも余所見ばかりして いる。ハラハラしながらの帰途であった・・・。

●1泊ごとに数メートル移動しなくちゃならない!(ハノイ)

サパから同じルートでハノイに戻って来た。久しぶりのハノイは相変わらず暑い。サパは高地で涼 しいので尚更暑く感じるようだ。

早朝のハノイ駅に降り立つと、雨が降っていた。雨の中、広いハノイの街を歩くのはとても憂鬱だ 。ちょうどホテルの客引きがやって来た。泊まるならホテルまでバイタクは無料で良いとのこと。 前回もこれと同じように、ホテルまで無料で乗せて行ってくれるホテルに行ったのだ。前回はホテ ルに着いた途端、1人分のバイク代を請求されたという嫌な思い出(払っていないが)があるので、 しつこく「本当にただ??」を繰り返した。どうやら本当に無料のようだ。

ホテルは前回泊まったところより北の方にあり街から幾分遠いが、特に問題はなさそうだ。テレビ もあるし、それなりに清潔だ。だが、このホテル、
「明日はどうする?いつ出るんだ?」
などと質問が多い。いつもならこちらが自由に決め、出たい時に出るというのが常であるから適当 にあしらっていた。だが、1泊した時点で、
「ツアーで出掛けている客が帰ってくるかもしれないので、今日で引き払って欲しい。」
と言われてしまった。ま、それなら仕方ないと思い、他の宿を探しに出掛けた。数軒回った結果、 前回泊まったホテルのすぐ隣を選んだ。隣より新しくきれいだし、エアコン付きの部屋をディスカ ウントしてくれるようだ。

部屋が見つかったのでチェックアウトをすると、1泊しかしていないのに何と2泊分の宿泊料金を請 求された。早朝から使っている割増料金だと言う。ふざけるな!だ。もめていると、1日分を半額に してくれたが。それでも納得はできない。他のホテルで割増料金を取られたことはないのだ。向こ うにとっては私たちのいつ出るのか分からないという曖昧な態度が嫌だったようだ。それに、ハロ ン湾も行っておりサパからも帰ってきているのでツアーを勧めて儲けることができないという目論 見もあるのだろう。特別に騙されたわけではないのだが、ここは「シンカフェ」の名前を掲げてい る。「あ〜、やっぱりね。」って思わざるをえない。こういうホテルには2度と来たくないと思う し、他に人にも勧めない。

※シンカフェは、ベトナムでは特に有名な旅行代理店(ホーチミン)だ。ハノイのホテルの多くでは 、シンカフェに関わりがないのにシンカフェのマークを掲げたりシンカフェ・ツアーなどという名 前を大きく掲げている。しかし、実際のところほとんどは偽物らしい。しかも、このシンカフェを 名乗っている店(ホテル)ほど客を騙したり、ごまかしたり、という被害が多いようだ。これは有名 な話で地球の歩き方や各地の情報ノートにもアレコレと被害談が載っている。

運はとことん悪いらしく、新しいホテルのエアコンが効かない!
音はするし、風は出ているのだが一向に涼しくならない。都会の夜は暑いのだ!フロントに問いだ すと、
「おっかしいなー。他の部屋は空いてないので勘弁してくれ。もう1台扇風機を持っていくよ。」
と適当にごまかされた。どう考えても前から壊れているだろう・・・。ムカ。
エアコンが働いていないのにエアコン料金を払っているのも馬鹿らしいので、そのホテルは1泊で 出ることにした。

次はと言うと、、、隣のホテルだ。前回にハノイにいた時に泊まった宿だ。
エアコン付きでも前回に泊まった時よりも1ドル高くなっただけだし、何よりも知っている顔なの でフレンドリー。
「おお。帰ってきた。サパから今日帰ってきたの?」
そう、彼らは誤解している。が、帰ってきたことを喜んでいるので、まぁ、いっか。

ハノイの4日間は3泊とも違うホテルに泊まる羽目になってしまった。
引越しは面倒だし、運は悪いし。大きな溜息を3泊分!!!

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++村++

サパから割と近くにある「カットカット村」はあまり人気がないようだ。他の村に比べても何もなく、つまらないらしい。

●伝統的な水上人形劇。(ハノイ)

さてさて、楽しみにしていた水上人形劇を見に行くことにした。
チケットはホアンキエム湖近くで購入できる。夜3回の公演があり、ファーストクラスとセカンド クラスに別れる。ファーストクラスは席が前なのに加え、人形劇に使われる音楽CDも無料配布され る。私たちはついつい妥協してセカンドクラスを選んだ。

私たちの席は当日買ったせいか、だいぶ後方の席だ。ファーストクラスの最前列はなぜか日本人率 が高い。さすが、日本人!抜け目ない!
だけど、セカンドクラスは失敗だ。私は目が悪いので、人形の顔が真っ白で表情ひとつ読み取るこ とができないのだ。人形はひとつひとつ表情が違い、シーンごとに喜びの顔・悲しみの顔・にやけ た顔などなど「計算された顔」が登場して来るのだ。また、人形劇でかかっていた音楽は素晴らし く、ファーストクラスでは無料配布されるCDが欲しくなってしまったのだ。このCDは一般店で購入 するとチケット以上にお金が掛かってしまうので諦めるしかない・・・無念じゃ。
もし、見に行く方がいましたら是非ファーストクラスを!さらに上を目指す方は当日でなく数日前 にチケットを買ってくださーい。

人形劇での"声"は、ベトナム語なので一切分からない。しかし、言葉が分からなくても十分楽しめ る。全部で20本程度の幕があるのだが、次から次へとアレヨアレヨとリズムカルに切り替わるので 、見ているだけでも楽しい。龍から花火が出てきたり、人形が列になって踊ったり、人形がコミカ ルに水面を泳いだりと飽きることがない。
たぶん、これが水面でなかったら別の印象を持つかもしれない。水の中での人形劇とは他に聞いた ことがない。水を使うことで演出法が豊かになり、珍しさがまた人を惹きつけるのかもしれない。

また、楽しいのが音楽だ。ベトナム音楽はトランス(コンピュータ・ミュージック)に似ていると思 う。異様な音がミックスされていたりと伝統的音楽だけど個性を感じさせられる。
下に琴のような楽器を置き、上部の棒で弦を微妙に変化させながら音を出す楽器もおもしろかった 。奏でるのは、繊細に移り変わるとてもきれいな音だ。遠くから見ると(特に目が悪いと上部の棒 が見えないので)まるでテルミンのようにも見える。両手で懸命に動かしながら出すビブラート音 は神秘的だ。ベトナム音楽は、こういった楽器の音のような「突飛な音」が特徴かもしれない。

●ベトナムの独立記念日。(ハノイ)

9/2はベトナムの独立記念日である。第2次世界大戦での日本の降伏からは、19日後の出来事だ。そ して今年は特別の60周年記念でもある。
街中は赤などの「めでたし!」といった色の飾りで彩られている。ステージが準備され、花で作っ た文字を飾ったり、大きく看板を掲げていたりと、いかにも「イベント事が始まるぞ〜」といった 感じだ。街中の小さなお店でも当日用のベトナムのミニ国旗や赤色共産党Tシャツが山のように売 られている。

冬が近づいて来る前に早めに中国へ入るはずだった私たちも、このイベントを逃す訳にはいかなか った。ただの記念日ではなく、60周年なのだ。この日に合わせた訳ではないのだが、ちょうど見れ るのでハノイ滞在を延ばしてもいいかなー、と思ったのだ。10年に一度しか見れないのなら見るべ き!とミーハーな私たちなのであった。
当日の朝はホーチミン廟やバーディン広場で軍隊が行進をするらしい。夜は夜でホアンキエム湖周 辺で大騒ぎがありそうだ。

朝・・・。
ホテルから出て広がった光景はいつもと変わらなかった・・・。
おばちゃんが道端をホウキで掃き、おじちゃんたちが将棋盤を広げる。
私たちが寝坊し過ぎたのか?よく考えてみると、昼過ぎだった。

朝起きたら軍隊の行進を見に行こうと張り切っていたのに起きれなかった・・・。
さすがに暑い夏の昼間に軍隊の行進もイベント事も行われておらず、街は通常通り動いていたのだ った。

涼しくなってくると、街中は昼と打って変わって賑やかになってきた。人は何やらソワソワし、忙 しく動き回っている。道路は混み始め、クラクションの音がいつも以上に激しい。
私たちは、街の中心にあるホアンキエム湖の方へ歩いて行った。道が更に更に混み出し、ついには バイク渋滞に巻き込まれた。みんな我先にと譲り合いの気持ちはまるでなく、強引に前につき進む 。

ステージに人がいる!
興味津々でそちらに向かっていると、同じようにステージ見たさに現地人がわんさか集まってきた 。ステージは神々しく「ピカー!」と輝き、いかにも有名人が出てきそうな雰囲気だ。だが、待っ ても待っても始まらない。人が増える一方だけだ。すぐ隣にあるビルのレストランでは人が溢れ出 し、入口前には関係のなさそうな人々がオシクラマンジュウをしている。ビルの高い所から見れば ステージがよく見えるからだろう。タカも紛れて上の様子を見に行こうと頑張っている。今にも将 棋倒しが起きそうだけど・・・。

ステージは湖を囲み数箇所で行われているようで、見ていたすぐ先にもステージがあった。そこで は、日本で言うところのおじさん演歌歌手や、オペラのようなポップスを歌うおばちゃんの姿があ った。ステージはエライ感じなのだが、歌っている人は地味で有名人のようには見えない。
60周年記念日もこんなもんか・・・。と思った。大量に集まっているベトナム人も特別何かをして いるわけでも、何かを見ているわけでもなく、ただただ「イベントに集まってはしゃいでいる」そ んな様子だ。こういうのを見ると「ああ、やっぱり先進国の日本とは違うのだな。」としみじみ感 じてしまう。

●初めての盗難!?(ハノイ)

大混雑した独立60周年祝いの中心地を離れ、ようやく静かな通りに帰ってきた。ご飯もままならな いぐらいに混んでいたので、お祭りの夜に営業している数少ない屋台の1つで質素にご飯を食べる ことにした。

「アレー?財布がない。」
私のバッグは布のブカブカバッグなので、手を突っ込んで物を探すことが多い。だから、いつもの ように探せばあるだろう、と思っていた。
「・・・。ない。アレ。アレ??」
「ある???」
「あー!!バッグが切られているぅ!」
「うわ!やられた!」

前述したように、私のバッグは布製だ。布でもショルダー式なので「楽・安心」だと思っていたが 、実に狙いやすかったらしくナイフでザクっ!と切られ、その間から財布だけ盗まれていたのだ。
人混みが凄かったので注意して前に持ち手で支えていたりしていたのだが、気を許した瞬間はもち ろんあった。ステージから帰る時はほとんど気にしていなかった。まさか、やられるとは思ってい なかったのだ。生ぬるい!怒りよりもショックが先に動いた。いつなんだろう?と考えても思い出せ ない。全く気が付かず、ぼーっと歩いている間に実にさりげなく盗っていってしまったんだろう・ ・・。

幸いにも財布には、わずかな金額(500円弱程度)しか入っていなかったのでまだ良かった。財布に 入っていたのはお金と有効期限切れ間近のYHAカードとバンコクで作った偽国際学生証。YHAはとも かく、これからヨーロッパで有効活用されると思われる学生証は痛い※。とは言っても、被害は大 したことはない。まだ恵まれている方だが、ショックを受けた気持ちは大きかった。ザクっと切ら れたバッグを見ると悲しい気分になる。生ぬるい社会に生きてきた私にとってはショッキングな出 来事だ。まだ安全な地域にいるが、こんなところでめげていてはいられない。これから治安の悪い 国はいくらでもあるのだ。

ホテルに帰り、翌日の中国行きのバスを手配をした。
オーナーが「外は危ないから気をつけろよ」みたいなことを言った時に、タカが、
「彼女盗まれちゃいましたよー。」
とオーナーと話していた。私にとっては笑い事ではない。人に話すにはまだ恥ずかしいことだし、 情けない。そう、盗難されるって何だか恥ずかしい・・・。

それに反して、華やかで大きい花火がたくさんたくさん空を舞い上がっていった。
あんなにたくさんの人が集まっていた理由が、やっと分かった。決してステージを見にいったわけ ではなく、みんな花火を見に行ったんだろう。ベトナムでこんなに凄い花火を見れるのは本当に10 年に1度なのかもしれない・・・。
私たちはホテルの最上階から見たが、それはそれは素晴らしかった。ハノイの5箇所くらいから同 時に何10発も打ち上げられていたのだ。同じくホーチミン、ダナンなど主要都市でも数箇所で打ち 上げられているらしく、テレビでも中継されていた。
ベトナムは決して豊かな国ではないが、花火のすごさは日本並みだった。お金も大量に掛かってい るだろう。それだけにベトナム人にとっての独立記念は大きな意味を持つんだろう・・・。

※ネットで検索したところ、バンコク以外にもトルコ、ハンガリー、エジプトでも作れるらしい。 ヨーロッパ、アフリカなどでは電車代や博物館料金など半額くらいになったりするようだ。

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++宅急便++

ベトナムの宅急便は安いのでお勧め。なぜか、小さめの小包は船便より航空便が安い。値段も1000円前後で日本に送れるのでお得感がある。

 
左:道端のゴイクン(生春巻き)屋さん!甘辛タレを付けてパクッ!
右:空芯菜。ベトナム名は「ザウ・ムォン・サオ・トイ」 ベトナムのものは野菜がやたら長めのものが多い。

 
左:茄子の揚げもの。なかなかヘルシー。
右:ダラットで食べた鍋。香草と白菜と豆腐と牛肉が入っている。タレは微妙な味。

 
左:バイン・セオ。中にエビや豚肉、野菜を入れて揚げたお好み焼きみたいなもの。かなりうまい!
右:ベトナムスタイルのアイスコーヒー。甘〜いミルクと濃い目のコーヒーの相性は抜群!

++食べ方++

ベトナムの食事の仕方。
大皿料理OR中皿料理を皆でつつく。受け皿はお茶碗ひとつで、その中に個々入れて食べる。白飯も同様、そこにごちゃ混ぜにして食べる。おかず用にも皿がもう一皿欲しいところだが、ベトナム人はこれで良いらしい・・・。
また、食べる時はフォーク・スプーンよりも箸を使うことの方が多い。中国食文化の影響が濃いようだ。

 
左:ホイアンで食べた固焼きそば風のもの。 右:ワンタン・ミー。ワンタンはバカでかかった。

 
左:ホイアン名物「カオ・ラウ」 。麺は日本のうどんを真似ているとか?
右:フライド・ヌードル。上に乗せた揚げ豆腐がおいしい。

 
左:フエの道端で食べた朝食。自分でおかずをチョイスするぶっかけご飯。
右:一般的なフライド・ライス。サパのマーケット内にて。サパのご飯は量がとにかく多い。

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++デザート++

ベトナムのスウィートはいける!
カスタード・プリンは濃厚。半分凍らせたものは特においしい。ヨーグルトはレストラン、ミニスーパーなどによく売られている。安く簡単に食べれるのでいい。
その他、あんみつやドーナツ、パフェなど嬉しいおやつがある。