世界ぷらぷらロゴトップ

痒い!かゆいのは何のせい!?(コタ・キナバル)

宿の名は、ばれそうだけれどとりあえずは伏せておこう。
コタ・キナバルの宿でダニにやられた。今回の旅で初となる非・めでたい日だ。

この宿を全面的に責めることはできない。もしかするとキナバル山で泊まったドミトリーから運んで来てしまったのかもしれないからだ。
キナバル山から重い疲れを運んできた私たちは、泥のように眠った。その日は何も起こらなかった。問題は翌日の夜からだった。

「なんか痒いな・・・。」
タカが言う。いつの間にか、一瞬にして蚊に刺された。今考えてみるとこれは既に蚊ではなかった。蚊は数時間たてば痒みも痕も引いてしまうけど、1日以上は残った。シーツに直接触れる部分に多く刺された。服を着ている部分は比較的刺されないけど、露出している部分が多く刺された。ある一部分に集中、もしくは点々と列になって刺されている・・・そんな時は要注意だ。

宿に入って、余分なベッドがあったら要注意だ。例えばツインの部屋で使っていない2段ベッドがあったりしたらだ。特に、使っていなそうなマットレスには触れてもいけないし、物を載せて使ってはいけない。また部屋に入ってきて殺虫剤の匂いがしたら充分注意だ。それは日本の殺虫剤とは匂いが違うのでこれまた充分注意だ。

翌日、その部屋は他の客によって予約されていたこともあって早々に出た。次の宿にはダニを持ち越したくないので次のような作戦に出た。
布でできているもの、ダニが潜入しやすいものは全部洗う。バックパック、寝袋、その他諸々を太陽の当たる公園まで持って行き、ホームレスもどきに広げて1時間ほど乾かし&ダニ退治大会。
公園の椅子に座っていると、コタ・キナバル地元民の視線が痛い。みんな、モノ珍しそうにジロジロ見て行く。たぶんみんな「中国正月だというのに、あの中国人は宿もないのか。」とか「あの外国人はこんなところで一体何をしているのか?」と思っているのに違いない。ああ恥ずかし。

●店だけ賑わう中国正月(コタ・キナバル)

旅の間中に、各国のイベントにめぐり合うのは嬉しいことだ。
2月は中国正月、イスラム新年と続く。特に中国正月は何ヶ月も前から準備されていて、街中の店頭では真っ赤な飾り物や服が並ぶ。赤提灯やイルミネーションも華やかだ。
ここマレーシアは、中国系の人々が多いので大いに期待していた。爆竹でも鳴らして中国人らしく派手にやるんだろうな、と思っていた。だが、期待外れだった。

コタ・キナバルは、ボルネオ島サバ州の中では一番大きい街だ。中国系市民も決して少なくない。ただし、明確なチャイナタウンというものはないようだった。
中国正月前夜の大晦日もいつものように過ぎ、中国正月元旦を迎えても一向にそれらしき事は起きない。むしろ、いつもより静かなぐらいだった。

問題はあった。最近なくてはならないもののひとつ、デパートが休みだったり早く終ってしまうことだ。キナバル山を登った私たちの目的は「休息」。エアコンありのスペースで「のんびりしたい」というのが唯一の望みなのにそれが叶わない。(大げさ?)
あとは毎日食べている(と言うよりマレー料理は全体の5%程度しか食べていない)中国料理屋が、みんな揃って休んでいることだ。マレー料理も店によってはおいしかったりするけれど、習慣というものは怖いものだ。中国料理屋が休みだと食べるものがないような気さえしてしまうのだ。

その翌日に、中国料理屋の軒先でビールの空き缶を大量に並べるオジサマたちの姿があった。これこそまさに「正月」らしき姿なのであろう。
しかも、その食堂のビールは通常の半値だった。マレーシアのお酒は高く、中国系のおじさんたちはかわいそうだな、、、と思っていたけれど、さすがに正月くらいはこうやって堂々と酒盛りをしているようだ。(ビールは正月だけ特別に安かったわけではなかった。)

※コタ・キナバルには、デパートがとても多い。大きなデパートだけでも、歩いていける範囲に5軒以上ある。そんなに需要があるのか不思議だけれど、中国正月が近いためかどこも混雑していた。

 

ミニコラム

++食情報++
コタ・キナバルでおいしい店を発見!JL.tugu沿いにあるFull Fuaホテルよりちょっと手前にある中華系の食堂だ。野菜が何種類か並んでおり、自分の好きなものをチョイスして炒めてもらう。私たちは「チンゲン菜、鶏肉」と「白菜、鶏肉」と2種類頼んだが、両方微妙に違う味付けで出てきた。気になるお味の方は、おいしい!これをスープにしてもおいしかった。
さらにインドネシアのビンタンビールが2.5RMと激安。すっかりこの店の虜になってしまった私たちは3日続けてこのお店に通ったのであった・・・。


●旅ボケ。(コタ・キナバル)

また、曜日を忘れてしまった!
最近は、平日も週末もなくなってしまった。そんなことを言ったら「のんびしていて羨ましい」とのお声を聞きそうだけれど、それでは危険なこともある。

次の予定地は、インドネシアのカリマンタンである。コタ・キナバルから10時間かけて、タワウというサバ州で3番目の街まで移動する。そこから船で3時間ほどかけてインドネシア入りする予定だ。
コタ・キナバルで静かな中国正月を見てしまった私たちは、すっかり正月気分を忘れてうっかりしていた。バスの出発30分前に、タワウ行きのバスチケットを買い、乗車しようとしていたら既に満席だったのだ。街はがらんとしていたようだが、たくさんの中国系市民で溢れていたのだろうか。
多くの人が、あちこちの方面に向けて長距離バスに乗ろうとしているところであった。多くのバスが満席だったようだ。

バスに乗れなかった私たちは、特に深いことも考えずに翌日のタワウ行きの予約をした。
実はタワウ到着は土曜日であった。インドネシア入りの船は、曜日に関係なくある。が、問題はインドネシアVISAだ。ガイドブックには到着時に港でVISA取得可能とあったけれど、タラカン行きの船のチケット販売員によると、マレーシアでインドネシアVISAを取得する必要があるとのことだった。
そのまま、タクシーでインドネシア大使館に向かった。が、土曜日なので休みであった。そして、翌日の日曜日も。1日早くタワウに着いていれば、ギリギリでインドネシアVISAの申請ができたのだった。曜日感覚のない私たちは、全く考慮するのを忘れていた。

 
●ロングハウス(ルングス族)ツアー!(コタ・キナバル)

普段から民族衣装を着る人々、原始的な生活をする人々、見たこともないような家に住む人々。
それらは私の見てみたいモノのひとつだ。ロングハウスツアーのチラシなどを見ていたら段々興味が沸いてきた。

ボルネオ島のジャングル(特にインドネシアを含むボルネオ島中央部分の山岳地帯)にはロングハウスという高床式長屋住宅に住み、共同生活を営む民族がいる。
普段はツアーには縁のない私たちだけれど、このように「勝手に入れそうにない地域」には思い切ってツアーに参加しよう!ということになった。値段は1日の目標予算を大きく上回り「ううう、ツアーに参加しなければこの宿に25泊もできるのに・・・」と悲しくなるような大金だ。
けれどもここは一大決心。太っ腹(?)にバン!とお金をきっちり2人分払い込んだ。

ツアー当日。(何年ぶりのツアーだろう・・・。)
今日はちょうどイスラム新年で、マレーシアは休日だ。
ということもあってか、何故かガイドは合計4人もいる。まずはサバ州の運転手兼ガイドの男性と街内のガイドの女性、事務員の女性、そして謎の女性だ。
その謎の女性とは(特別謎でもないのだけど)実は(何やら?)運転手の彼女のようだ。助手席に座る彼女と運転手は、ただならぬ良い雰囲気を醸し出しているのだった。
休みのはずの日に、突然私たちが予約を入れてしまったものだから仕方なく「じゃあ、仕事ついでにみんなで出掛けるか?」という作戦のようであった。車内でもお菓子を食べたりと、私たち以上に楽しんでいて何よりであった。

まずはルングス族のハニー・ファームへ到着。
小さな黒いミツバチがブンブン飛び回る。小さな巣を覗き込むと繊細にきれいに並んだハチの巣がある。ガイドがそれを切り取り、舐めさせてくれた。すごく甘い。何度も勧められて舐めるうちに口の中に濃厚な甘さが残ってしまった。
気になったことがある。ここに住む住人はこれだけで生計を立てているのだろうか?ということだ。旅行ツアーの訪問地として、多少はお金も入るだろうけれど、微々たるものではないだろうかと想像するけど??(蜂蜜などの収入が意外とあるのかもしれない。)

そこから数分走るとルングス族のロングハウスだ。
想像していたより、家は長くないし高くなかったが、それなりに雰囲気はあった。見せているだけあって、きれいに管理されていて清潔だ。正直、これくらいの建物ならどこかのリゾート地に行けばいくらでもあるのではないか?と思ってしまった。素朴にその土地の雰囲気を見せるよりも「観光地」という方が前面に出ている気がした。

さらに走る。今度はクダットという街の北にある、ボルネオ島の最北端を目指す。
最北端(The Tip of Borneo)は見事にマレーシア人の観光地であった。休日ということもあって、たくさんの人で賑わっている。しかもその設備には驚かされる。すごくきれいに管理されているのだ。石畳はカラフルな色で敷き詰められていて、最北端を示す石碑は地球で地図が描かれている。
海はさすがにきれいだ。青々としていて険しい。ところどころ開いている穴を覗き込むと、意外にも深いのにはびっくりした。

コタ・キナバルへの帰路は、夕方から夜にかけてとなった。車窓から、見事に美しい夕日が目に飛び込んできた。最初は薄い雲の中にピンク色が反射し、その後強く主張するオレンジ色の光が青い空の下に消えていった。

ロングハウスはそれなりに楽しかったけれど、何よりも”楽”だったのが良い!
車をチャーターし、行きたい場所に乗せて行ってくれる。ご飯も頃合を見てレストランへ連れて行ってくれる。しかも、いつもより贅沢。ただただ何も心配せずに景色を堪能していれば良いのだ。日頃、これとは違って自分たちであれこれ整えて旅をしている私にとっては堪らなく”ラクで素晴らしい”ものとなった。

●コタ・キナバルからタワウへの移動は不眠症になる?

タワウ行きのバスはつらかった。
運転手はすごく怖い運転をする。山道でも平気でスピードを出すし、急ブレーキを何度も踏み驚かす。山道では気持ちが悪くなり、ブレーキではびっくりさせられ、とても寝ている余裕がない。おまけに後ろの席の男性はずっと話をしていてうるさい。

また、検問がすごい。
ここはフィリピンやインドネシアとの国境が近いためか不法滞在者の取り締まりが厳しいようだった。何度も警察官がバス内に入り込んできて、マレーシア人はIDカード、外国人はパスポートを提示しなくてはならない。真夜中に4、5回ほど繰り返され、おちおち寝ていられなかった。バスの人の乗り降りはほとんどなかったが、各地域毎にこのようなことが繰り返されるようだ。

これからインドネシアに移動する。マレーシアはまだ道が綺麗だけれど、インドネシアの評判は悪い。これから益々移動の条件が悪くなるので、気合いを入れなければなぁ〜と思うのであった。

タワウ行きのバスはコタ・キナバルからたくさん出ている。2×1のシートのバスを探したが見つからず。10時間の長距離移動は、できるだけ広い席が好ましいと思う。また、タワウ到着後は、徒歩で安宿がある通りに行ける。

※タワウを訪れる旅人はインドネシアに向かう(もしくはインドネシアから来た)かダイビングをするのがほとんどらしい。

※検問の有無については、時期・状況によっても違いがあるかもしれない。また、昼間のバスで移動すればそれ程気にならないかもしれない。

up↑

 






ミニコラム

++ツアー++
ロングハウスを見ることを夢見てツアーに参加した私たちだが、後々よく考えてみると似たような家を見る機会がたくさんあった。例えばニア洞窟の公園敷地外、インドネシアのパプア、カリマンタンの川沿いなど。地域は違っても大差はないので、お金を払わなくても十分探せる。
●タワウは隠れ沈没地??

ガイドブックを見ると、タワウの街は治安が悪い(夜は真っ暗になり、人通りがないので女性の1人歩きはやめた方が良いという程度)という。タワウはサバ州で3番目の街であるにも関わらず、地球の歩き方に掲載はない。ただし、05年版にはないがひとつ前の本には掲載されていたようだ。評判が良くないから、もしくは行く人が減ったから載せなくなったのだろうか?

私たちは、居心地がそれなりに良いのでタワウを気に入っている。
のんびりしているけれど、街は便利で何でもある。それにボルネオ島内では物価も安い方だ。
宿はエアコン、テレビ、温水シャワー、明るい電気と私たちにとったら”フルセットで合格”。かなり満足だ。値段も30RM。ボルネオ島内にしたら、少し安い値段でこの設備に泊まれるのはとてもありがたい。

食事もまた安い。中国系の食堂に入ってしまうとそれなりに高いが、屋台に行けばマレーシア全体で比べても比較的安い値段で食べられる。味もおいしい。また、中国正月のバーゲンの影響か、缶ビールが4本で10RM(約280円)と安い。

治安の悪さは特別感じない。昼間、謎の車の追いかけっこを見たが・・・。
フィリピン、インドネシア(たまにタイの匂いもする・・・)と国境を近くにしているので、仕方ない部分もあると思うが。

●停電が多い。暑くてイヤだな・・・。(タワウ)

昨日の夜、1.5時間くらい停電した。さらに、これを書いている今も停電してる。
今日の停電は昼から起きた。復活の見通しもしばらくなさそうだ。夜は夜で真っ暗になるのもつらいが、昼は暑さがつらい。しかも、エアコン付きの部屋に泊まっている身としてはさらにつらい。せめてファンだけでも、と思ってもそれさえも動かないのだ。

東南アジアでの停電は珍しくない。何度か経験もある。
バリ島で山奥のホテルに1人で泊まっている時(夜)に停電が約1時間起きた。怖かったが、スタッフが蝋燭をくれたので、それでなんとか凌いだ。
最近では東南アジアの停電もかなり減ってきているようだ。一瞬電気の消える停電はミリの街などでも経験したが、こんなに長く止まっているのはタワウが初めてだ。
※昼間の停電は結局、4〜5時間続いた。一部のスーパーだけ自家用発電機を使用して営業していた。かなり素晴らしい!

停電が起きるとつらいのは何と言っても暑さではないだろうか。
水シャワーを浴びれば少しは凌げるが、ファンさえも付けられないのはキツイ。あと、真っ暗闇の夜は、強盗などの治安麺でも少し怖い。

●タワウでインドネシアVISA取得。

タワウからインドネシア入りするにはインドネシアVISAが必要だ。
土曜日にタワウに着いてしまった私たちは、インドネシア大使館が開く月曜日を待っていた。
大使館は8時に開くと書いてあったので、私たちは数分前から敷地内で業務が開始されるのを待っていた。だが数分待っても開く気配はない。待つ人々も段々増えてくる。
さらに時間が過ぎる。
最初は、
「インドネシア人だからきっと遅いんだよ・・・。」
と話していたが、それにしても遅すぎる。人は増える一方である。
不安がよぎる。タカが、
「もしかしたら今日は1日がかりかな・・・」
と隣でつぶやいた。

1時間強過ぎてやっと開いた。
なるべく先に入って処理を終らせようと必死に前に並んだ。みんな列を作らず、我も我もと押し合いをしている。たぶん、いつもはこんなに混んでいないのだろうけれど、中国正月明けと週初という要因でたまたま混んでいるだけなのであろう。タカが、
「インドネシアもインド並みだね・・・」
と隣でつぶやいた。

そうやってインドネシア人やマレー人とともに並んでいたが、外国人専用場所を発見(初めにそちらを確認した時は「違う」と言われてしまっていた場所)。申請書をもらって書き込み、係員に渡した。写真を貼り、お金を払ったらそれでOKだった。あっさりとインドネシアVISAの申請は終わった。
インドネシアVISAの取得に関して、シンガポールの領事館は「インドネシア出国の飛行機のチケット(または、その証明)がなくては取れない。」と厳しかった。しかし、ここマレーシアのタワウにあるインドネシア領事館では簡単に取れてしまう。

処理をしてくれたスタッフは、英語が苦手なようであった。
マレーシアでは、多くが当たり前に英語を話す。そんなところでも、マレーシアとインドネシアの違いを感じてしまった。
それが理由かどうか分からないが、大使館を出てから2人で「マレーシア語ー英語」のミニ辞書を買ってしまった。
※マレーシア語とインドネシア語はほとんど同じ。

ミニコラム

++日本食++
タワウのごく普通のスーパーに”日本のコーナー”というのを発見!だけどその看板の下には何も見つからず(?)。店内を探したら反対側のコーナーに発見!しかも、結構多い!よく見かける醤油、キューピー・マヨネーズ、粉わさびを始め、レトルトカレー、コーンスープ、焼肉のタレ、海苔までいろいろあった。私たちは1コ3RMのレトルトカレーを喜々としてまとめ買い。
意外なところで発見したのでちょっと楽しかった。
再びオオトカゲ。(タワウ)

インドネシア領事館のすぐ近くのドブで、オオトカゲを目撃!
何だか汚いドブなので、ちょっと大自然というイメージとは違う。。。

オオトカゲは私たちに気づくと、ムアルの時と同じように凄い勢いで逃げ出した。その逃げっぷりの良さは、何だか愛嬌があって良い。バタバタッ、バタバタッと足と尻尾を横に振りながら走っていくのだ。汚いドブの水を飛び散らしながら、凄く早く動く!

ようやくボルネオ島でもオオトカゲを見られたので、少し満足である。ボルネオ島では、旅が始まって以来で最も自然に触れることができた。
ただし、残念ながら世界最大の花であるラフレシアを見に行くことはなかった。オランウータンも見に行かなかった。
でも、ニア洞窟には行けたし、キナバル山にも登った。ロングハウスも見られたし、ボルネオ島の最北端も訪れた。マレーシア(ボルネオ島)を離れるに当たり、マレー半島だけでなくボルネオ島を訪れて本当に良かったと思う。もし、マレーシアを訪れる方で時間に余裕がある場合には、是非お勧めしたい。

ところで、タワウについてマユが「隠れ沈没地」と表現している。
ただし、日本人旅行者がいるわけでもないし、夜遊びの場所があるわけでもない。実際に1人で訪れた場合には、日本語に接する環境もないので長居するのはつまらないだろう。物価も安いし、ご飯もおいしい。そういった意味での居心地の良さの表現だ。

●インドネシアの船旅への序章。(タワウ)

Saya mau pergi di indonesia...

インドネシアに向かう船の中では、インドネシア語の勉強のしがいがある。英語が急に通じなくなってしまった。

インドネシア入国後も、すぐに国境を越えたと実感させてくれる。船でたった3時間なのにだ。インドネシア領事館での「(インドネシアの田舎では英語が余り通じないという)予感」は正しかった。
また、逆の驚きもあった。インドネシアのイミグレーション係官が日本語を話したのだ。タラカンは第二次世界大戦で、日本軍とオーストラリア軍が戦った場所らしい。そういったことに関係があるのかと思ったら違った。係官はバリ島の出身で、日本語を勉強したことがあったようなのだ。マレーシアでは、日本語を話す人はほとんどいなかった。だから、ちょっと新鮮な驚きだった。

マレーシアのタワウからインドネシアのタラカンへは、高速船が毎日運航している。インドネシアへはタラカン行きだけではなく、ヌヌカン行きもある。こちらも毎日運行している。

外国人は、チケット購入時にインドネシアVISAの取得確認をされる。VISAを取得していないとチケットを売ってくれないのだ。チケット売り場は、魚市場のすぐ脇にある桟橋前だ。その桟橋からは実際に、インドネシア行きの船も発着する。小さなイミグレーションの建物もあるが、普通に歩いてイミグレーション手続き後のエリアに行くこともできる。
タラカン行きの船は、毎朝10時出発だ。私たちの乗った日は、10時20分頃に出発した。出発するまでは、前の席のほうがエアコンの効きがずっと良いようだ。ただし、出発してからは扉も閉まるので後ろの席でも問題ない。
船は極めて順調に進んだ。途中、インドネシアの大小の島を右手に見ながら船旅は続く。出発からほぼ3時間でタラカンの町が見える。田舎の町だと思っていたが、想像よりも町の規模は大きい。町並みは海岸線に数kmも続いていた。
タラカン港に到着する少し前に、船員がパスポートの回収に来た。どうも外国人(?)は、下船前にパスポートを預ける必要があるらしい。荷物を持って下船後、パスポートのない心細い状態でイミグレーションに向かう。2〜300mあろうかという長い桟橋なので、バイクタクシーも待機している。ただし歩いて行くこともできるので、私たちは迷わずに歩いて行くことにした。

イミグレーションに着くと、何も言わないのに日本人のパスポートを探して手続きをしてくれた。同じ船の乗客で「旅行者」然としているのは、私たちだけであった。私たちが余程「日本人ぽい」か「外国人ぽい」のだろう。

港から市中心部へは、乗合タクシーで数分だ。特に市内に用がないのであれば、港近くの安宿に泊まることもできる。また、そのまま旅行代理店でペルニ社の船チケットを買ったり、飛行機のチケットも買える。
ただし、港の近くに両替所は見当たらなかったので、多くの人は銀行まで行かないとならないかもしれない。ちなみに、タワウの港近くの両替所でマレーシア・リンギットからインドネシア・ルピアに両替するのは、とて〜もレートが悪かった。インドネシアに入国してから、まだ1度も両替レートを見ていない(両替所がない)ので、正確な率は分からない。けれども、率が悪すぎるというのは間違いない。

up↑

 


ミニコラム

++インドネシア行きの船++
コタワウ港へ行けば、インドネシア行きの船のスケジュールをチェックすることができる。(※ペルニ社の船は2週おきに同じ港を通過する。)タラカン、ヌヌカンは毎日。あとはスラヴェシやバリ、ジャワなどへも行く。