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【キナバル山について】

「死者の聖なる地」を意味するカダザン語であるキナバルと呼ばれる山に登った。

キナバル山は標高4000m強を誇り、東南アジアの最高峰とも紹介される山だ(エンカルタ総合大百科byマイクロソフトなど)。
正確には、東南アジアにはパプアの山々なども含まれるので東南アジアの最高峰ではない。ヒマラヤ以東パプア以西の最高峰である。高く険しく、そして美しい山であり多くの登山者が日々訪れている。

マレーシアのボルネオ島北部にあるキナバル国立公園は、とてもよく整備されている。多くの旅行者が、山を登るために、そして自然を楽しむために訪れることができるようになっている。公園内には温泉もあり、そこで登山後の疲労を癒す日本人も多い。

通常は1泊2日で山頂を訪れることが可能であり、多くの日本人登山者も訪問している。山道はきれいに整備されており、登山には必ず現地の熟練したガイドが同行するなど、安全には大きく配慮されている。
ほぼ独立峰と言ってよいような飛びぬけて高い山頂から見える景色は、幻想的で美しく登山者を魅了してやまない。

そういったキナバル山に、実際に登った体験を特集する・・・

【準備】
・登山道具。
・防寒具。
・雨具。
・カメラ。
・非常食。
・強い意志。

写真のページはこちら。



キナバル公園はボッタクリ!?(コタ・キナバル周辺)

公園本部
公園の敷地内に入ると全ての物価が2〜3倍に跳ね上がる。敷地外の目の前の商店では、ほとんどが町と同じ値段で売られていると言うのに。

国立公園の運営で、まさかそんな「ぼったくる」ようなことはないと思っていたので、知った時には驚きだった。
レストランやお店の値段が全て高くて驚いていたら(自炊していた)、偶然に同部屋に宿泊していたガイド(白人旅行者のガイドで訪れていた。ガイドだけ私たちと同じ安い部屋に泊まっていた)が、敷地外に出れば何でも安く売っていると教えてくれたのだ。

う〜ん、国立公園で町から離れているので高いのかと解釈していたのに、何だか寂しい誤解だった(山から見ると、周辺には町もたくさんあった)。
ガイドブックを見る(古いガイドブックから順番に)と、公園への入園料、登山(訪問)証明証、荷物預けなど、年々値段が上がっているようだ。
それらで得た収入を、環境を守るためや、施設の充実に使ってくれているとありがたいな〜。

マウント・キナバルへの熱〜い挑戦!(キナバル山)

キナバル山は、パプアニューギニアからヒマラヤの間で最も高い山で標高4095mある。一般に東南アジア最高峰などとも紹介されているようだ。
マレーシアでは、初めての世界遺産として登録された。

キナバル山の頂上まで登るのは、訪れた人のうちわずか10%だと言う。オフシーズンである今だけれど、コタ・キナバルの街に着いて早々に登山の予約(山小屋の予約)をした。数日待つことを覚悟していたが、希望日近辺のいつでも可能とのこと。10%というのは宿泊施設に限りがあるのも理由だが、希望日通りにドミトリーを予約できたので良かった。

コタ・キナバル市内からキナバル公園までは、バスで約2時間とのことだった。バス会社にしては珍しくサービスが良い、ミネラルウォーターの配布をしていた。サービスの一環なのか、スピードも超速い。1時間半強で着いてしまった。
キナバル公園までの道のりもなかなか素晴らしい。キナバル山を横目で見ながら山を上り、走っていく。キナバル山の雄大な姿を、ここで始めて見ることができる。天候にもよるけれど、山頂までくっきり綺麗に見える。頂上は遥か遠くだが、すぐ近くかのような錯覚に陥る。

まずは、キナバル公園内のドミトリーに1泊して明日に備える。宿泊しなくても登山は始められるが、宿泊して朝早くに出発するに越したことはない。

レストランで食事した。その値段の高さに驚愕!軽く街の3倍の値段はする。でも味はおいしく、何よりも量がもの凄く多い。最初は”欧米人向けか?”と思った。しかしそうではなくて、公園内はどこでも食事の量が多かった。登山するためのエネルギー補給が理由みたいだ。

キナバル公園全体に、設備は整っていると聞く。山小屋には暖房もある。さすがマレーシア〜!だと思う。ネパールなどではこうはいかならいらしい。私たちの泊まるドミトリーには暖房はないが、部屋は普通に清潔だし、問題はなかった。山道も綺麗だし、歩きやすくなっている。

キナバル公園入口の宿で、同室に日本人男性がいた。ベトナムに住んでいて、旧正月(中国正月)休みを利用してやって来たとのこと。
マレーシアで日本人に会うことは、すごく少なかった。しかし、キナバル山にやって来た途端、会うようになった。グループで登山を終えた人たち、登山中に出会ったカップルなど、普段に比べたら数段確率が上がっていた。現地ガイドに言わせると「日本人はキナバル山が好き」らしい。

※キナバル山は、若者だけでなく中高年も山頂を目指す。自分のペースを守って登れば、多くは頂上に着けるようだ。ただし、「心臓病やいくつかの症状の保有者には、キナバル登山が危険である」と書かれた紙が、登山前に警告として渡される。

朝は6時に起き出した。レストランが高いので自炊をしようと思ったからだ。
隣の日本人男性も早く起きはじめた。2、3事会話をしたが、荷物の整理をしていた。同室には8人寝ているが、他の外国人は全く起きる気配がない。あとで日本人男性は「うるさい!」と怒られたらしい。
早朝に起きるのが普通だと思っていたが、そうではないようだ。実際、同室にはこれから登る人だけでなく、登り終えて帰って来て休んでいる人も多いようだ。宿のスタッフに「登る人」「下りてきた人」を分けて欲しいと思うのは贅沢なことかもしれないけど・・・。

 

●行きは良い良い、のかな?(キナバル山)

ううう・・・、早くも疲れた、息が苦しい。
登り始めたばかりにも関わらず思ってしまったコトだ。
道は整備されていて綺麗。1つ1つの段差が大きめなのが気になるが歩きやすい。

ウツボカズラ
ガイドは25歳の若い、朴訥で真面目な感じの青年だ。当たり前かもしれないけど、歩きに余裕があり私がはぁーはぁー言っている隣で鼻歌を歌ってたりするのが羨ましい。急な斜面で私が必死に綱を握り締めている隣で、鼻歌を歌いながら後腕を組む姿も羨ましかった。
途中で名物でもある食虫植物「ウツボカズラ」を見せてもらったり、楽しく話をしながら歩を進めた。

気温は今までに比べたら低いが、登っているうちに汗をたくさんかく。爽快な汗だ。1ヶ月前は海でダイビング。今回は山で登山。最近はアクティビティー溢れていて「良いんじゃないの〜。」っと2人ともかなり満足気味である。旅に出てただプラプラするのも楽しいけれど、「特別なことをする」のはメリハリもあって、旅の楽しさを倍増させる。

気が付いたら前に誰もいなかった。
何人か抜かしたけど、そんな大した数ではない。出発も早かったのだろうか。なんと、一番乗りでレストハウスに着いてしまった。
登っている途中、ガイドに、
「早く着きそうだし、明日の天気も怪しいから今日のうちに頂上まで行ってしまうか?」と聞かれたり、「2人で登山に備えてトレーニングしたのか?」
などどとも尋ねられた。タカは学生時代に登山をしていたので分かるが、私は運動部に所属したことのない筋肉なし人間だ。日本にいる時に2人で何度かトレッキングをしていること、また旅に出て重い荷物を担いで歩いていることがトレーニングにつながったのか?何だか嬉しい質問であった。

と言いつつも、レストハウス前に到着するまでの道のりはとてもきつかった。最初はペースは良かったけど、標高が2800mくらいを越すと、休んでも休んでも息切れが続く。タカは軽く高山病にかかっている(軽い頭痛)ようだ。私も頭の中は「あああ、、つらいつらい。休みたい。早く着きたい」と思うことの連続だった。頑張った甲斐があり、早めに途中の宿泊宿に辿り着けた。
落ちついてから、レストランで温かい料理と大量の砂糖を入れたコーヒーでエネルギーを得た。

結局、疲れたので頂上を目指さず、予約していた宿で休んだ。明日は早朝と言うか、深夜2時半の出発なので早く寝なくてはならないのだ。

今回のドミトリーも設備が良い。他のホテルは暖房完備だけど、ここにはない。あらかじめ分かっていた通りだ。上着を着た上に自分の寝袋、さらにベッドにある毛布をかけて寝れば暑いほどに温かい。4人部屋だったが、私たちだけだった。凄くラッキー。毛布も4枚あるので寒ければ自由に使える。
宿に一番乗りだったために誰もおらず、シーンとして物音一つしない。暖房付きのホテルに泊まっていたらこの静けさはなかっただろう。このドミトリーの周りには岩場があって、ホテルは景色が一望できるすごく美しい場所に建つ。暖房こそなかったが、今までの旅の中でもお気に入りの宿の1つに入った。

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ミニコラム

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ミニコラム
++スーパー++
公園内の物価は高い!そこでお勧めなのが公園を出てすぐ目の前にあるレストラン併設のミニスーパー。物価は通常の値段でカップラーメン、お菓子などの非常食、または軍手やカッパなど登山に必要なグッズも購入できる。
レストラン(というより食堂)も普通に安く食べれる。




●果てしなく美しく広がる世界。(キナバル山)

標高が高いところにいるので熟睡できない。
何度も起きて、今まで軽い眠りであったことを改めて思い出してしまう。
強く呼吸してみたり、口呼吸をしてみたりいろいろ試してみるがどれもイマイチ。空気の薄さを実感する。
しかも暑い!私の身体は「環境適応型」というおいしい特徴を持っている。寒い場所ではヘソの辺りから暖房噴射し、身体が勝手に温まってくれる。必然的に寝袋の中は熱気でいっぱいになってしまう。お陰で全く寒い思いはせずに済んだのだった。むしろ暑いくらいだった。

眠い眠い目をこすって1時半に起床。
昨日食べ残したチャーハンの半分を朝食に食べる。・・・冷たくて固い。持ってきておいた味噌汁がやたら美味しく感じる。
2時半、出発。
レストハウスから頂上までは約3〜4時間、2.8kmの距離だ。みんな一気に同じ時間に登り始めるので混雑する。が、しばらく休憩をとらずに先頭の方に行き、そのまま歩いてしまえば全く気にならなかった。
真っ暗闇の中、懐中電灯で足元を照らしながら慎重に登っていく。
星がすごく綺麗!天体の丸さが分かりそうな空に、いくつもの星が輝いている。たくさんあり過ぎて星座も分からない。近いのも遠いのも綺麗に重なり、きらめいている。今までで見たどんな星より美しかった。

標高差がきつい。寒い。危ない。
時々風が強い。普通に書いているけど、冗談抜きに強い。身体がフワっと浮く感じなのだ。一歩間違えればゲーム・オーバーだ。風が吹くたびにロープをしっかり握り締め、腰を低くする。
サヤッサヤッ小屋という、標高3700mの地点から上はデンジャラス・ゾーンだ。地形も今までとは違く、乾いた岩場だ。ある所ではよじ上るように綱を頼りに登るところもある。その時は横を見ない約束だ。そこで横の断崖絶壁を見てしまえば怖くて先に進めなくなってしまう。
まるで火星にでもいるような未踏の地、といったようなところだ。

少しでも疲れたら適度に休むようにしていた。1分でもバックを置き、座っていると身体が楽になるのだ。ある地点で、タカがピークの地図があったので眺めていた。暗いのでよく見えない。少し前方を見るとまた違う看板が。「向こうにも看板があるよ。」私が言うと、タカは「じゃあ、その看板の前辺りで休憩しようか。」と言った。2人でその看板の前に座りこむ。「あれ?ここってもしかして頂上?」「え??え??頂上??」
そういつの間にか私たちは頂上まで登っていたのだった。決して楽な道のりではなかったが、ハード過ぎるというわけでもなかったようだ。地球の歩き方には”頂上までは垂直ぎみの斜面をはって上る”と書いてあった。それは大げさな表現なようであった。登ってみると垂直な斜面ではないし、全身凍るような恐ろしいものでもなかった。

頂上には3時間で到着。まだ朝日が昇っていないので、しばらく風のない場所を探して2人で日の出を待つ。
じっとしていると、風が強くてとても寒い。Tシャツ、長袖シャツ、厚手トレーナー、ウィンドブレーカーを着ても寒いので、雨用に持参していたカッパを着てみた。厚手の生地なので風も通らなくなり、かなり温かい。そうしたら周りの人みんなが真似をして、カッパを着始めたのでおもしろかった。

朝日も綺麗だけれど、それよりも除々に見え始めた周りの景色を見ている方が良かった。
崖の下もようやく見え始めた。暗闇では本当”海”のように見えたが、実際は雲海だ。今日は雲が多いようだけど、前後を比として考えられない私たちには最高の景色だ。厚く一箇所に集まっている雲の集団から遥か下の街並みを見下ろすことができる。
パノラマに広がる険しい岩山がそびえ立ち、朝日のピンクが雲ににじむ。静かな自然の呼吸と静けさと神秘さが広がり、じっくりゆっくりと感動が心に浸透してきた。

頂上からゆっくり下り始めた。上りの時は暗くて見えなかったいくつかの突き出した岩山が見える。ピークそれぞれ特徴があり、突き出しが鋭い「アグリー・シスターズ・ピーク」、像の肌のような表面を持つ「ノース・ピーク」などが美しくその姿を並べる。本当、どれをとっても美しい。雄大な自然と光と色との完全な調和だった。

下り始めると、急な斜面はあるものの、大して危険で怖いところはないことに気が付く。暗闇だと回りが見えないことが原因でより怖く感じてしまっていたのだ。
サヤッサヤッ小屋までは、景色を堪能しているうちにあっという間に到着。そこから先は完全に太陽が上がっていることもあり下りやすい。綱を持って下へ降りるのは少し恐怖だけれど、心地良い頂上突破のニヤツキと酔いにも似た恍惚感がそれを忘れさせてくれる・・・。

●すべてにおいて最高級?(キナバル山)

宿に帰り、40分ほど横になり休んだ。
疲れているはずなのにまたもや眠れない。だけれど横になっただけで身体は楽になった。さらに下山して、今日の午後過ぎまでには公園まで戻る予定だ。

帰りはすごい楽!
足と心臓に負担をかけないように気を付けるものの、下りるだけというのは気も楽だ。
ただ私は上る方が得意とするようだ。下りは楽だけれど、普段から足元がフラフラしている私は足場を保つのに気を遣ってしまうため、やや遅めの下りとなってしまう。

公園までは予定通り3時間。下りた瞬間文字通り、「どぉ〜〜」と倒れこんだ。本当に、本当に疲れた。山の美しさも最高級だったけど、身体の疲れ最高級だ。こんなに疲れたことはないって言っても過言ではないのだ。

公園からそのままコタ・キナバルまで帰った。
標高が普通に戻った途端、睡魔が襲ってきた。もういつでも寝る準備OKだ。
頂上も頑張って登れたし、気持ち良いし、最高で、満足満足!

ミニコラム

++ビュッフェ++
ラバン・ラタ・レストハウスでは朝食とディナーはビュッフェスタイルで行われる。
朝食はともかく、ディナーはタッパを用意することをお勧めしたい。なぜなら、翌朝のご飯にもできるからだ!高い値段だけにお得??
●現時点(2005年2月)でキナバル山の状況。

私たちの参考本は地球の歩き方'05〜'06マレーシア、lonely planet '01(malaysia,singapore,brunei版)。

「地球の歩き方」が最新のものでも値上がりしているものがあった。ここ数年の間に、たくさん値上げりしているようだ。例えば、荷物預かりや登山証明書の値段。また、ラバン・ラタ近辺の宿の情報(無料寝袋の貸し出しではなく、毛布が各1枚あることなど)も書いてあることと違う点もある。やはり、当然ながら現地で自分自身で最終確認をする必要があるようだ。

頂上は寒いが、私たちの持っていた衣料で特に不足はなかった。Tシャツ数枚、長袖シャツ、厚手トレーナー(フード付)、ウィンドブレーカー(フード付)、カッパだ。ただし、余裕があれば防寒具は多いに越したことはない。また、手袋は必須だ。寒い時(特に頂上付近)にかなり役立つし、ロープを上り下りする時に手を傷つけずに済む。

キナバル公園内の物価は、全てにおいて高い。ラバン・ラタへは食料を持てるだけ持っていった方が安くつく。特に、ドミトリー泊なら自炊が出来る。カップラーメンを数個持って行くと良い。ただし、登山するにあたって、麺だけでは体力がもたない。世間体を捨てられる人なら、私たちのようにレストランのビュッフェで多めに食料を取ってきて紙に包み、あとで食べれば一番らくかもしれない(笑)。
また公園入口付近にいるなら、公園を出て一般のお店(門を出ればすぐそこ)に行くと良い。市内の通常価格で買い物ができる。カップラーメン、チョコなどの保存食、飲み物、手袋などの軽い防寒具などはここでも手に入れられる。また食事もできる。

●キナバル山のお土産は期限が長い?(コタ・キナバル)

「あの人たちなんなの?」
「若いのに・・・。」
「サッサと歩いて欲しいな。」
そんな感じの視線を受ける。宿の人には実際に言われたし・・・。キナバル山のお土産である筋肉痛により、普通に歩くことすらできないのだ。
(ああぁ〜、普通に歩けるようになりたい。)

階段を上り下りがと〜〜ってもつらい!つらすぎる!!
キナバル山から帰って来てから、足はパンパンに固くなって痛い。

「でもさ、何だか痛気持いいよね〜。」
タカはちょっとヘンなのか、そんなことを言っているが、ちょっとマゾ的だろう。だって、イタキモチイイとか言うレベルじゃないはずだ。
「痛!イタタッ!」
そんなことを呟きながら、ちょっとうれしそうなタカがいるのだった・・・。
(ちょっと楽しそう・・・。)
「早く人間になりたぁ〜い!」
とか言っているし。


そもそも、キナバル山から戻ってきて一晩眠った翌朝、起きると身体がうまく動かない。
足から腰、肩や腕まで重く感じる。
ベッドから起き上がるのもやっと、歩くのもやっとだ。

それでも慣れてくるとなんとか街中を散歩した。
普通に歩く分には大丈夫になってきた。けれども、少しでも段差があるともう「おじいさん、おばあさんに大変身」。「よたよた」「どっこいしょ」の世界なのだ。
宿の階段はキツイ。3階に泊まっていたので、その分を毎回上り下りしなくてはならないのだ。階段をどっこいしょと上ったり、足に負担をかけまいと後ろ向きになって下りているとスタッフに必ず笑われるのであった。

筋肉痛は5日ほど続いた。
コタ・キナバル〜キナバル山の売店には他の地域では「アンメルツ・ヨコヨコ」がたくさん売られていた。私たちもそれを買い込んで使った。「アンメルツ・ヨコヨコ」の効果はあっただろうか??

ミニコラム

++帰り++
帰りは滅多に来ないバスを待つ。タクシーは高いので疲れた身体と精神でバス待ちをしている時だった。
走ってきたタクシーの運転手に話しかけられた。普通に考えたら高いので手を振った。けれどもよくよく聞いてみるともの凄く安い値段を言っている。そこで交渉成立。宿の目の前まで送ってもらえたのだ。
何でもこのタクシードライバーはコタキナバルの街からキナバル公園まで人を乗せてやって来た。だけども早く街へ帰りたい。けど公園内だと客がつかまえにくい。そのまま客を乗せて帰らないのなら安くても客を乗せたかったのだと言う。と、帰りはとてもラッキーに戻れたのであった・・・。
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