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Indonesia インドネシア
  パプア特集
  【その1】
2005.02.15 〜 02.16 タラカン(カリマンタン)
2005.02.16 〜 02.18 船 TIDAR号
2005.02.18 〜 02.19 マカッサル(スラヴェシ)
2005.02.19 〜 02.22 タナ・トラジャ
2005.02.23 〜 02.24 マカッサル
【その2】
2005.02.24 〜 02.25 センタニ(■パプア特集)
2005.02.25 〜 03.04 ワメナ
【その3】
2005.03.04 〜 03.14 ウブド(バリ島)
2005.03.14 〜 03.16 スミニャック
【その4】
2005.05.15 〜 05.16 クタ(バリ島)
2005.05.16 〜 05.17 ウブド
2005.05.17 〜 05.18 クサンバ
2005.05.18 〜 05.20 レンボンガン島
2005.05.20 〜 05.22 トゥランベン
2005.05.22 〜 05.24 ロビナ
2005.05.24 〜 06.06 ウブド
2005.05.31 〜 06.02 ギリ・トラワンガン
2005.06.07 〜 06.08 ソロ
2005.06.08 〜 06.11 ジョグジャカルタ
2005.06.11 〜 06.13 ジャカルタ

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全般
タナ・トラジャ編
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バリ島編No.1
バリ島編No.2
バリ島&ギリ諸島編
ジャワ島編
遺跡編

 
  【インドネシアでは・・・】 大きな島々を転々と移動。お金のかかるパプアにも奮起して訪れ、最後はバリ島に癒された。
【感じること】 各島によって全く雰囲気や文化が異なり、何度も楽しめそう。きれいな海が多く、美しい自然がたくさん残っている。
【お気に入り】 芸術性と笑顔豊かな「ウブド」(マユ)。1人でなくマユや友人と行くなら「ギリ」(タカ)。
【お勧めは〜】 バリ島の屋台(ワルン)やライステラス、パプア・トレッキング、タナトラジャの伝統家屋。
 

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ボッタクリのない町。(タラカン)

「・・・ 1000RP ・・・」
残念ながら意味はあまり分からないが、(たぶん)適切な値段だなぁ〜。
しかも、接するインドネシア人が悉(ことごと)く親切。

旅行者ずれしていないとは、こういうことだろう。
町を歩いていると、通りがかりの車やバイクがクラクションを鳴らして通り過ぎていく。客引きとかではなく「物珍しげ」という感じ。手を振ったり「ハロー」と言ったりして去っていく。何だか気恥ずかしい。

ガイドブックに乗っていた安宿が満室だったので、重い荷物を背負いながら歩いて安宿を探した。働いている人が手を止めて、何か困っているのかと助けてくれようとしてくれる。う〜ん、ありがたい。

泊まったホテルの脇の路地の屋台で、麺を食べた。周囲にカメラを向けたら、子供がたくさん集まって大騒ぎ。やたらと元気に「写ろう、写ろう」と頑張っている。その姿を見て、私も元気になる!
かなりの視線を感じるので、見世物になった気もするかもしれない。でも、みんな好奇心や親切心だけだろう。う〜ん、恥ずかしい。

ただし、タラカンは都会から離れた島であるためか、生活物資の値段が多少高めなようだ。現地の方たちも「他の町よりも物価が高い」と言っていた。

町並みは、海沿いに細長くつながっている。歩いて全てを見て回るには、少し長すぎる感じだ。高層ビルがあるわけではないが、スーパーやお店がたくさん並んでいる。銀行もたくさんあり、生活するには事欠かない。
ただし、日没になると店はほとんど閉まってしまう。日没後も屋台は開いているけれど、それも10時には閉まってしまう。お酒もあまり売られていないようなので、健全な生活が送れる町のようだ。

●この旅始まって以来の本格的な値段交渉。(タラカン)

安宿に部屋が見つからなかった。訪れた安宿は満室だったのだ。
そのそも、タラカンには安宿が少ないようだ。

そんなわけで、中級ホテルに泊まることとなった。とりあえず、手の届く値段のホテルを探す。なるべく10万ルピア以内で宿泊したかった。
13万ルピア以上の部屋のホテルはいくつも見つかったが、10万ルピア程度のホテルがなかなか見つからない。スーパーでコカコーラを購入しつつ、ホテルについて聞いてみた。
近くにホテルが2軒あるとのことで、そちらに向かった。

2軒のうちの1軒は雰囲気は良いが、ちょっと高かった。シングルの扇風機の部屋に2人で泊まれば安く済みそうではあったが。
もう1軒のホテルは、1番安い部屋の料金が105,000ルピアであった。何とか値段を抑えたいと交渉開始。AC,TV,電話,テラスも付き安宿ではなく「ホテル!」という感じなので75,000ルピアを目標にした。
いくつかの部屋を見たりと、30分ほど話し合った。最終的には、真ん中のクラスの120,000ルピアの部屋を80,000ルピアで借りると言うことで折り合いがついた。新聞と朝食は抜きということでお互いにその値段に折り合ったのだが、結局は両方ともサービスしてくれた(インドネシア語の新聞は読めないので意味はないけれど)。居心地も良かった。

シーズンとして客が多いのか少ないのか、ちょっと私たちには分からない。半分くらいは空いていたようだ。そういうこともあり、交渉が可能だったのだが、今までの安宿はあまり「交渉!」と言う感じではなかった。
交渉成立後にレセプションの担当者が「Nice to meet you!(笑)」と言って握手のために手を出してくれた。何だかお互いに嬉しい時だった。

●悩みながらもTIDAR号の2等チケット購入!(タラカン)

エコノミーは厳しい船旅になるらしい〜、恐ろしい。
2等と3等はそれほど料金が違わない。
1等は高いけれど、唯一マユと同室になれる。

どれにするべきか・・・。
私たちは、タラカンからマカッサルまで2泊3日の船旅のチケットを購入しようとしていた。目的地はスラヴェシ島のどこかか、カリマンタンのパリバッパンであればどこでも良かった。タラカン到着の翌日に、ちょうどマカッサル行き(マカッサルを経由してスラバヤまで行く)が出航するところだったので、その船にしたのだ。どの船も2週間に1回しか寄港しないので、余程に時間がない場合はあれこれと選んでいる余裕はないのだ。

エコノミーは定員以上の人数に、チケットを売ることもあるらしい。また、良い場所を確保するために乗船時に戦いがあるとのことだった。(約2,700円)

3等は、6人部屋個室。鍵付きロッカー付。共同シャワー。(約4,000円)
2等は、4人部屋個室。鍵付きロッカー付。室内シャワー。(約4,700円)
ただし、どちらも男女別である。

1等は、2人部屋個室でマユと同室になれる。鍵付きロッカー付。室内シャワー。(約5,800円)
それに、何だか「1等(1st class)」という響きも普段接することがない憧れの世界だ。

敢えて苦労はしたくないということで、まずはエコノミーは却下。この辺は節約旅行らしからぬ決断の早さだ。
取り合えず1等は別世界であろうということで、2〜3等で悩む。どちらも個室なら安い方がいいかとも思った。私としては、以前にネットで読んだインドネシアの船旅が気になった。節約旅行している人が、2等に乗っていたりしたのだ。あとで分かったことだが、3等のない船もあった。だからかもしれない。

ともかくもインドネシアの船旅は未知の領域である。
多少高いお金を払っても、居心地の良さや安全(荷物)を買おうということにして、2等のチケットを購入した。

実はチケットの購入時になって、1等以外は男女別室であると聞いた。それで、1等も少し考えたのだが、インドネシア語の勉強や出会いのためには別室もいいだろうということで落ち着いたのだった。

※チケットの購入は、ペルニ社のオフィスをはじめとして街中の KAPAL(船) と看板を出した店(たくさんある)で簡単にできる。出航当日の桟橋では、エコノミーのチケットしか購入できないらしい。

インドネシアでも印象に残った。(タラカン)

タラカンの人々は親切で印象強い。

大人も子供も珍しげにかつ、親切に話しかけてくる。マレーシアから来た今、インドネシア人は”笑顔”がある国だなと思った。基本的に誰もが陽気で話し好き、屈託のない笑顔を見せる。マレーシアと同じイスラム国ではあるけど、この違いは何なんだろうか??

マレーシアで現地語を話す必要がなかったが、インドネシアに入った途端、その必要性を感じた。
旅行代理店のスタッフでさえ、少し話せるもののあまり通じない。街中でも早速インドネシア語で挑戦。
「Di mana Bank?」 (銀行はどこ?)
そうすると、周りの数人までワイワイ集まってくる始末だ。みんな真剣に教えてくれるのだ。

タラカンは長く大きな通り沿いは普通の街と様子は変わらないが、少し中の道を入ると雰囲気がぐっと変わる。
宿から近い、細い道を散歩していたら、そこはある村の通りだった。子供がサッカーをして遊んでいたり、大人が談話していたり、BAKSO(軽食の麺)を売っていたり、とてものんびり田舎な風景だった。
私たちがそこにいるのはとても違和感があって、子供たちも無遠慮に見つめていく。
BAKSOを頼み、椅子に腰掛けて食べる。味はおいしくはないが、雰囲気だけでも堪能できたので良かった。

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ミニコラム
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ミニコラム
++買出し++

タラカンは物価が高い。マレーシア側ボルネオ島より入るときは買出しをしておいても良いかもしれない。特にお酒の販売が少ないので、ビールなど買っておくと良いかも。ボルネオ島でビールを買った方が安くすむ。


 

ゴキブリも共存するTIDAR号の船旅(2等)。

※食事中の読みは危険。

「うっ!」
恐ろしいばかりのゴキブリの群れを、乗船早々に目撃!(写真は2等船室の床)

黒茶色の姿が、ゆっくりと壁や床を這い回っている。日本とは違って暖かい国で見るゴキブリは動きが鈍い。船内でもそれは同じだった。ただし、不思議と羽のある大人のゴキブリの姿は見ない。目にするのは小さな、または、育っている途中のゴキブリばかりだった。
殺虫剤を撒いたりはしているが、卵にいたゴキブリは殺せなかったのかもしれない。

1〜3等とエコノミーは、入り口が別と聞いていた。しかし、早めに船に向かったために、エコノミーの入り口を通ることになった。この辺は日本人の感覚で言うと逆な気がする。日本なら1〜3等の入り口を、先に準備するのではないか。ここでは、エコノミー内で場所取りの争いがある。そのために、エコノミーの入り口を最初に準備するのだろうか。
船旅中はエコノミーの乗客は、エコノミーエリアだけでなくいろいろな場所にいた。屋根のある甲板の隅や、階段の踊場など、それぞれに居心地の良い場所を見つけてくつろいでいたのだ。

エコノミーのベッドを見ながらマユが、
「これだったらエコノミーでも大丈夫だったかも」
とつぶやいた。私は"いやぁ〜、ここには参加したくないなぁ〜"と思っていたのだけれど黙っていた。
床やベッドもゴミだらけ。ベッドのマットにはシーツなどもなく、黒いマットが汚れで灰色になっているようだった。また、黒いマットさえないベッドも多いようだった(もっとも汚いマットなど、ない方が良いかもとも思ってしまうが)。ゴキブリもすぐに分かるくらいあちこちを徘徊していた。

船員が2等は上(第6層)のデッキであると教えてくれた。
入り口は第4層であった。1つ上に上がると、3等のフロアになった。何だかエアコンの効きが良くなった。更に床が掃除されているようだ。入り口では、船員がチケットのチェックをしているらしく、エコノミーの客は入って来れない(ただし、出航後は出入りしていた)。
更に1つ上のフロアである第6層に上がると、青いカーペットが敷かれていた。掃除もされているようで、見た目はとてもきれいだった。1等と2等は同フロアにある。場所に関しては1等は窓のある部屋、2等は窓のない部屋という違いだ。2人部屋か4人部屋かという違いもあるが、同じフロアでもありそれほどの差を感じなかった。

第6層に来て、エコノミーとの差を実感した。マユも
「やっぱりエコノミーで2泊はつらいかも」
というようなことを言っていた。

見た目はとても清潔なのだけれど、第6層にもゴキブリが徘徊していた。
部屋でも目撃してしまった。狭い船室内で目撃してしまうと、何だかベッドの中にまで入ってくるのではないかと気になる。外にもたくさんいるので、室内だけを殺虫してもあまり意味はないと分かっていたが殺虫剤を撒いてしまった。
ちなみに、ゴキブリがもっとも密集していたのはエコノミーではなく第7層の病院(クリニック)前のゴミ箱近辺であった。

ゴキブリのことばかり書いてしまったが、船の設備には満足であった。2等室内にあるホットシャワーの出も良い。エアコンもちょうど良いくらいに常に効いている。トイレも汚くない。売店やカフェも多少高いが、まぁ船内なので納得できる範囲だ。というわけで、ゴキブリは衝撃的に多かったが「もう1度乗るか?」と聞かれれば「機会があれば乗る」と答えるだろう。

※街には桟橋がたくさんあるが、その中でも最南にある桟橋から乗船する。タワウからの船が接岸したのと同じ桟橋であった。

●船での暇な快適ライフ。(TIDAR号)

とて〜もインドネシア語の勉強に良い環境!

全く単語を覚えていなかった私だが、100コ以上の単語と簡単な文章の作り方を覚えて下船することができた。

同室の3人のうち1人は、日本語に興味を持っていた。英語の単語も知っていたので、お互いに言葉を教えあえることとなり、ありがたかった。また、他の2人もあれこれと話しかけてきてくれた。覚えたてのインドネシア語で答えたり、質問したりと実践の勉強になった。
また、デッキやベンチでも多くの乗客が親切にいろいろと教えてくれた。英語を話せる人は少なかったが、それもまた勉強にはいいかもしれない。

2晩目に日本語のできる方と会った。仕事(研修就労のようであった)で日本に行ったことがあるとかで、とても日本語に堪能だった。あちこちの地名などもポンポン出て意外だった。

【暇つぶし状況】
多くの乗客は、どうやって暇つぶしをするか困っているようだった。

船内では、一切のアルコールが売られていない。暇な船内でお酒を売ると、飲みすぎて喧嘩が起こったりするので防止目的でもあるらしい。イスラム教の国でもあり、そういった理由も含まれているかもしれない。

船内では1日3食を提供してもらえる。それらの食事はチケット代に含まれているのだ。2等の食事は、質量とも満足だった。
インドネシアでの食事は、白米の量が異常に多い。大きなボールに ドーンッ! これでもかぁ〜とばかりに、とてつもない量のご飯を入れてテーブルに置いてくれる。さらに、肉料理(または魚料理)1〜2品、野菜料理1〜2品、スープ、デザートなどが毎食に提供される。私たちは普段は、そんなに贅沢な食事をしていなかった。味も良かったし量もあったし、食事の時間は「贅沢な船旅だなぁ〜」と実感する時間だった。
ちなみに、1〜3等は専用の食堂で食事をする。エコノミーはベッドや通路などどこか好きな場所で食べるらしい。

1〜3等の乗客は、夜の9〜11時にかけて歌のショー(?)を無料で見ることができる。インドネシア語の歌だけでなく、英語の歌も歌われていた。インドネシア人は、歌手にチップを払って一緒に踊ったりして(近くで踊りだけ)楽しんでいた。お酒も売られていないのでコーラや水を飲んでいる。何だか日本のスナックとかカラオケなどよりもずっと健全な楽しみ方に感じた。

21歳以上の限定ということで、映画も上映されていた。インドネシアのことであるから、限りがあるだろうがセクシーな映画だったのだろうか。

カフェテリアは、日没までは最上層のデッキで営業していた。日没後は第6層での営業となりカラオケなども可能な部屋で営業していた。

船内にはいくつかの小さな売店がある。値段は高いが、ご飯類からお菓子、アイスクリーム、ジュースが売られていた。

いくつかの場所にTVが置かれていた。インドネシア語を理解できない私たちには余り意味はなかったけれども。

船から見える日没はとてもきれいだった。夜中には星の光と船の光の区別もできないくらい真っ暗になる。周囲が全て海に囲まれるのは、外洋に出る船旅でないと経験できない。それも、インドネシアならでは(島国なので船便が多く、比較的安い値段で船に乗れる)の経験かもしれない。

船中でインドネシア語と格闘し。(TIDAR号)

私の同室の人はインドネシア人の親子だった。といっても娘はもう子供もいて私より年上だ。
ここでインドネシア語をレッスン!と意気込んだものの、ちょっと難しい・・・。このふたりとも全く英語が分からないのだ。日本人なら日常的に横文字を使うし、中学英語程度なら誰でも分かるものなのに、インドネシアの一部は(昔の話のようだが)英語の授業が取り入れられていない。だから例えば、「船」の「Ship」も分からない。

親子:「○○××&&?」
マユ:「あ、もしかしてそれは△△(英語)のことですか?」
親子:「&&++・・・。」
マユ:「・・・・。」
ゴキブリ:「ササササーー」(間をぬって)

というような会話になって一向に話が進まない。こういう状態が一番覚えやすい環境になるのだろうけど、これが延々と続くと疲れてきてしまう。でも親切でフレンドリー、かつ船中でお互い暇なんで良い話相手になったことだろう。

ミニコラム

++船++

タラカンからマカッサルの船は2週間に1度寄港する。(他の便も周期は同じ。)
タラカンの港の掲示板にスケジュールが貼り出されているのでそれをチェックすればOK。

私たちはチケットを代理店で購入したが、ペルニ社オフィスで直接買えば、手数料を取られずに済む。

寄港地でビールを飲み大満足。(ポントロアン)

インドネシアに入ればビールが安くなる!
インドネシアではお酒が普通に売られているはずだ!

私たちはマレーシアで、お酒について楽観的に考えていた。

実際にはタラカンでは冷えたビールにはお目にかかれなかったし、度数の高いお酒も発見できなかった。お酒大好き人間である私(本人は同意しないかもしれないがマユも!)は、毎日飲まないとしても、近くにお酒があると分かっていると安心する。そんな私には不満の残る出だしだった。
そして、期待していた船内では、一切のアルコールがないと宣言されてしまった。

タラカンから出発して翌日の午前中に着く寄港地のポントロアンは、ポルという大きな街に近い港だ。私たちはポントロアンに着くなり、外に散歩に出かけた。お酒かビールを探すのと、何か安くてめぼしいものがないかを探しに行くためだ。

港の外に出て、普通のお店に入る。数件目で冷えたビールを発見!
リカーもあったが瓶が大きかったのと「船内ではアルコール禁止(室内なら大丈夫そうだが)」と言われていたのでビールだけ購入した。

船に帰るまでに、グビグビッと気持ちよく飲み干した。
ビンタン(インドネシアのビール)もうまい!
何だか1本しか飲んでいないのに、幸せな気分になって船内に戻った。

日本ではビールをあまり飲まなかった私も、暑い国では良く飲む。最近はビールも好きになっているようだ。
いやぁ〜、冷えたビールはさいこうなのだ。

●マカッサル到着、ペテペテで宿へ。第1印象は印象悪い。

スラヴェシ島のマカッサルに到着。
2泊の船旅でもあったし、スラヴェシ島に着いたことも嬉しい。そんなわけで、ワクワクドキドキであった。

ただし、TODAR号の到着はまだ太陽も出ない暗い早朝。
太陽が出るまで船内で待機した。出航は8〜9時頃らしく、船で時間を潰すことが許されているようだった。ただし、マカッサルが近づくと個室の掃除のために船員が乗客を部屋から追い出そうとしていた。う〜ん、忙しいし急いでいるのは分かるけれども、ちょっとガッカリだった。
でも、時間をかけてちゃんと掃除している姿を見て、少なくとも1〜2等の範囲は丁寧に掃除しているのが確認できて良かった。

船はマカッサルの町のダウンタウンから見て北寄りの港に到着する。マカッサルは大きな街なので、港から安宿まで歩いていくのは時間がかかりすぎる。私たちはタクシーか乗合タクシー(ペテペテと呼ばれている)に乗ろうとしていた。しかし、あまりにたくさんの方面別乗合タクシーに、どれに乗ればよいか分からなかった。
ありがたいことに同室の男性が脇を通りかかり助けてくれた。行き先を確認し、運転手に説明までしてくれたのだ。う〜ん、ありがたい。

ペテペテはすぐ(朝の6時半頃)に目的の場所に到着した。
ジャラン・ジャンペアという通りの、白人旅行者に有名らしい(ロンリー・プラネットに1番に紹介されている)レジェンド・ホテル前に行ってもらったのだ。
ここからがちょっと困った。

第1にレジェンド・ホテルはシャッターが完全に下りていた。潰れているのかとさえ思った。近くにいたインドネシア人がシャッターをガンガン叩いて、ホテルの人を呼んでくれたので助かった。ホテルの人には早朝で申し訳ないが、ホッとした。

第2にペテペテの運転手が法外な金額を請求してきたのだ。2人で5万ルピア(約670円)。いくら何でも高すぎる。普通のタクシーにでも乗れる金額だった。そんなに払わないが気分は良くない。

そんなわけで、マカッサルは到着早々に悪い印象が重なった。

ミニコラム

++日本情報++

マカッサルにある日本食レストランに日本人向け掲示板があり、そこでいろいろな情報を得ることができる。
そこには日本食材の販売もあり。

●こんなに遅いインターネットカフェは初めて!(マカッサル)

マカッサルの市内にあるインターネットに行った。
行く前に前を通り、HOT SPOT であることを確認していたので、自分たちのパソコンを持参した。

店内に入ると、MACアドレスの確認とIPアドレスを割り振られた。そして、いざ接続開始!

しかし、遅い!
しかも、FTP が許可されていない。
・・・遅いのは仕方ないが、FTP ができないと私たちの目的には半分も対応できていない。まぁ、セキュリティの問題なので FTP も仕方がないのだけれど。

HOT SPOTでは ウイルスバスター の最新版のファイルに更新したいのだが、2時間以上もかかった(閉店の時間になり、結局は諦めることとなった)。

数時間いたが、できたことといえば数通のメールの送受信のみ。閉店が近づいてお客が減るにつれて、多少速度が上がった。閉店の間際には、ようやく普通の速度(といってもADSLなどと比べれば遅い)になった。しかし、閉店であり時既に遅し(回線が遅いのだが)であった。
それにしても、こんな遅いインターネットカフェで、よく現地のお客は満足している。この速さ(遅さ)が当然と思ってしまっているのかもしれないが。

これが観光地らしさ?(マカッサル)

マカッサルには日本食レストランがある。また、たまに「こんにちは〜」と話しかけられる。
なぜかなっ?と思っていたら、答えは簡単だった。マカッサルは船舶の会社が多数あり、日本が深く関わっている。日本人がビジネスにやって来ていたり、日本の会社で働いていた人が戻ってきていたりとするようなのだ。

それにしても片言の日本語は多い。それは挨拶程度だけど、日本人の観光客の数に対しては多すぎる気がする。タナ・トラジャの拠点として多少の観光客はいるだろうけど、基本的には歩いていると目立ってしまうくらい外国人が少ない地域なのだ。(と言ってもペテペテやベチャ(リキシャ)の運転手くらいで、それ以外はインドネシア語しか通じないことがほとんど。)

タラカンで素朴な雰囲気を味わってしまった私たちは、その客引きがうざかった。
断わっても着いて来るし、しつこい。しかもぼろうとするのが面倒なのだ。
都会は便利であり、かつ面倒だ。

タナ・トラジャへの暑い道のり。

チケットはレジェンド・ホテルで購入した。
郊外のバスターミナルへの送迎も込みで5万ルピア。私たちはエアコンバスのつもりで購入したのだった(確認もしたつもりだけれど)。

朝の7時に宿に迎えの車が来た。しかし、一緒に出発するはずの4人がまだシャワーを浴びているとかでやってこない。白人旅行者は、こういうのが日常であるのは嫌いだ。先に来ていたオランダ人も、遅れているヤツは置いて先に出ようと怒っていた。

バスターミナルは随分遠い。
ともかくも8人揃ってようやく出発し、20分ほど走って到着した。バスターミナルにはきれいばバスも多く止まっていた。私たちの乗るバスも、外見はとてもきれいだった。しかし、中に入って驚いた。新車のようにきれいなのに、エアコンの涼しい空気が出てくるはずの送風口がない。どこかにあるはずだと探していたが「このバスにエアコンはない」と言われてしまった。

あいにくと、乗車したバスの窓はとても小さかった。そんな訳で、エアコンもないし風もない。赤道直下にほど近いこんな場所で、サウナ・バスに乗るとは思いもよらなかった。

暑いのは仕方がないとしても、バスが頻繁に止まるのには辟易させられた。
・何回もフルーツの屋台前で停止(味見をしながら購入)
・パン屋の前で停止(お腹が減ったのか?)
・気分が悪くなったのか、外で空気を吸ったりモドシたり
・コーヒー休憩
・お昼休憩(これは良い)
 など
・トイレ休憩(逆になかったのが不思議だ)

う〜ん、これがインドネシア、いや、スラヴェシ島のスタンダードなのかもしれないが、まるで皆が自分の車に乗っているかのようにバスを止めるのには驚いた。
ちなみに降りるときのバスの床は、フルーツの皮や空き缶、空き瓶、その他の食べかすやゴミが散乱していた。車内では運転手もタバコを吸い、煙も流れていた。

車窓から見える景色がとてものどかだったり、きれいだったりした。道路の幅は狭いようだったが舗装状態もよく、劣悪ではない。ただ、これまでの旅で乗ったバスはタイやマレーシアであったためにとても快適で、インドネシアでの初バスが悪いように感じてしまったのだと思う。それと、到着時に乗客をバスターミナルに下ろすのではなく、行きたい場所まで連れて行ってくれる。そのサービスは大変ありがたい。

●アジア的な、ガイドの客引きによる歓迎。(タナ・トラジャ)

タナ・トラジャのランテパオ地域に入ると、数人の男たちが乗り込んできた。彼らは一様に「どこのホテルに泊まるのか?」と聞いてくる。

ホテルの従業員だと言って、彼らそれぞれが異なるホテルを勧めてくるのだ。しかし、不思議なことに当人が勧める以外のホテルであっても旅行者について来るようだ。実際には、彼らはフリーのガイドたちである。日々の仕事を得ようと、新しく到着した旅行者にアタックしているのだ。
ガイドたちは、タナ・トラジャ近辺で行われるお葬式や、トンコナン・ハウス(伝統的な船の形をした家屋)新築祝いをはじめとした各種のイベント情報に詳しい。少なくとも、彼らにそういった情報を聞く価値はあるようだ。興味がない場合には、はっきり伝えないとどこまでもついてくるようなので明確にした方が良い。ただし、ハイ・シーズンにタナ・トラジャを訪れるのであれば、ガイドは日々の仕事に忙しいので煩わされることも少ないだろう。

それにしても、スラヴェシ島に入った途端にしつこい客引きが増えた。マレーシアやタラカンまでは、全くいなかったのが不思議なくらいだ。
タナ・トラジャでは、輪タクであるベチャ(自転車の前輪部分を座席に改造し、人が座って乗れるようにしたタクシー)の客引きも多い。特別に高い値段を言ってくることはないようなのが救いだ。
マカッサルでは、ベチャの客引きはうるさいし、しつこい。乗らないことを伝えても、どこまでもついてきたりするので目障りに感じてしまう(邪魔をされるわけではないので問題はないが)。う〜ん、とにかくこんなことでもインドネシアに入ったと実感なのだ。

ミニコラム

++トラジャの宿++

タナ・トラジャの宿は、値段の割にとてもきれいだ!安宿と言うよりも「(中級)ホテル!」と言った感じ。

シーズンにもよるのかもしれないが、交渉すればきれいな部屋に随分とリーズナブルな値段で泊まれる。
4〜6万ルピア出せばバスタブ付きで、きれいなベッドと部屋に泊まれる。タイやマレーシアの町と比べてもかなりコストパフォーマンスが良い。

タナ・トラジャを訪れた際には、節約して汚い部屋に泊まるよりも、いつもの料金できれいな部屋に泊まった方が得な気がする。

 

●ベモで天井に頭をぶつけつつ村を訪問。(タナ・トラジャ)

タナ・トラジャ北部の山間地(奥部)にある村々を訪れるにはベモ(軽のワゴンではなく、ほとんどがトヨタの KIJANG という車で運行されている)を利用する。ロコマタまで訪れるには、そういった交通手段しかないのだ。8人乗りと思われる車に、最大で18人が乗り(または、後ろにつかまり)こんだりする。また、10人以上が集まる(運転手が満足する)まで出発もしない。

ともかくも1時間ほど待って出発。車は快適に勢いよく進むが、身体は上下左右にと激しく揺られる。途中から道路の舗装が激しくはがれてしまっているのだ。中途半端(半分以上はない)に舗装が残ってしまった「雨季の泥の坂道」というのはひどい。しかも混んでいるので身動きも取れない。早く他の乗客が降りてくれないか(明らかに自分たちの方が奥地を目指している)と祈りながら進むのだった。

ロコマタでは、ランテパオを見下ろすことができるパノラマが広がっていた。
大きい岩に、いくつもの墓が掘られている。お墓の扉には、独特のトラジャ模様に意匠を凝らした装飾や写真なども飾られている。船型のお墓のようなものも多く建てられ、村とお墓が地域一体となっているようだ。
タナ・トラジャの模様は、黒や茶色を主体にしている。簡単な模様を組み合わせて全体を作っているが、描くのは意外と難しいのかもしれない。落ち着いた感じだが、とても魅力のある模様だ。

子供が多くいて「ハローハロー」と声を掛けてきてくれたりもするが、恥ずかしがっていたり、珍しいモノを見るような視線を投げてくるコもいる。タナ・トラジャには、目がパッチリしたかわいくて元気な子供たちが多いようだ。トラジャ人の特徴だろうか。普段は子供をあまりかわいいと思わない私も「かわいいな〜」と思ってしまう始末だ。タナ・トラジャには子供がたくさんいるようだが、村には特に多い気もする。どこに行っても子供が遊んでいるのだ。
また、並列するのは失礼かもしれないが、動物の子供もたくさんいる。子犬たちや、小鳥たちがじゃれたり動き回っているのを見ているのはとても楽しい。
そういえば、宿泊していたホテルの左斜め前に村の女のコたち(小中学生くらい?)の生活している寮のようなものがあった。楽しそうな歌声や、元気な遊び声が聞こえてきていいなぁ〜と思った。

●道端のピースの彫刻!?(タナ・トラジャ)

道端で、ピースをする手を見つけた!?

なんだなんだと近づいて確認すると「1家族子供は2人まで」との標語だった。でも、ピースしている手だけでは国民には普及しないだろう。

スラヴェシ島でも、パプアでも、バリでも、子供は何人欲しいか聞いてみた。誰に聞いても「お金があればたくさん欲しい」だった。う〜ん、中国の1人っ子政策は強引だったようだけれど、インドネシアの人口抑制政策は効果はあがっていないようだ。

ピースに限らずインドネシアに入ってから、道端にある像が増えた。サッカーをしていたり、踊っていたり、果ては歴史上の人物などと多彩な像がある。
インドネシアはイスラム教の国なので、偶像(道端の像くらいならよいのかな?)崇拝にならないように人物は禁止されている(もしくは少ない)のかと思っていた。どうも、それは外れていたようで、マレーシアや今まで訪れた国よりもずっと多い。

インドネシアは他民族国家(しかも群島国)なので、心を1つにするために、いろいろと工夫しているのがこれらの像などに現れているのだろうか。ちなみに、バリ島などに行くと道端の像のセンスもぐっと良くなって、美しいものになる。センスって重要だなぁ〜。

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ミニコラム

++警察++

センターにある警察(交番)の人はとても親切。
道を尋ねたら、周りの人に聞きだしながらも丁寧に教えてくれた。
外国人、というのもあるだろうけど親切にされると嬉しいものだ。

見守るタウタウと見物される骸骨たち。(タナ・トラジャ)

タナ・トラジャと言えばやっぱり観光だろうか?
今日はベモでレモとランダという名所へ向かった。

これらの地域は岩場の墓+タウタウという人形が飾られていることで知られている。タウタウは亡くなった人に似せて作った人形で、その人が亡くなった後も、先祖の霊として生き続けるという意味で作られているらしい。
岩の中にそれらの人形がたくさん並んでいるのはちょっと異様な光景だ。ちょっとリアルでもあるけど、かわいらしくもある。

レモはタウタウだけが並んでいる場所だ。人形の数は多いが、規模は小さい。田んぼの中に突然現れる。
ランダもタウタウが見られるが、ここはさらに何年も前の墓(風葬)が残されている。
墓は鍾乳洞の中にある。真っ暗闇を進むと本物の骸骨や棺桶などが並んでいる。不気味なところだ。ランプの貸出もあるようだけど、レンタル料が高いのであらかじめ懐中電灯を持って来ていた。ただ電気のパワーが弱いので暗く、中は恐ろしく不気味。入口にはすでに頭蓋骨が並んでいた。メインは奥の暗闇らしいが、私たちは気持ちが悪かったのでごく手前でやめてしまった。まるでお化け屋敷なのだ。

それにしても手前に飾られている頭蓋骨の当人は観光地の看板にされていることを怒らないのであろうか?ちょっと疑問である。

夕方からまた停電になった。ここは今、雨季で夜になると必ず大雨が降る。そうすると必然的に停電になってしまうのだ。宿も蝋燭の貸し出しもないので、自分たちの懐中電灯で過ごすしかない。真っ暗闇だと本当に何もすることがないので早く寝るしかない。退屈だ。向かいにある女子寮の女の子たちは停電の間、歌を歌っていた。そして電気がついた途端、「わ〜〜」と嬉しい歓声をあげていた。毎日これは繰り返されるようだが、「何だか素朴だな〜」と思ってしまうのであった。

●たくさんの殺戮に困った。(タナ・トラジャ)

ガイドブックを見ると、「タナ・トラジャといえばお葬式」とうたっている。好きで頻繁に行くバリ島もお葬式で有名だが、こちらにも興味がある。

ずっとついて来きていた人をガイドに雇った。自分たちだけでも行けるのだけれど、こういう儀式とかになるとガイドがいると楽にすむことが多い。見させてもらう立場として”何を持っていけば良いのか?”(だいたいは煙草や砂糖などらしい)、どこの村で何時から行われるのか?といったことは1度目の訪問では知ることが出来ないからだ。

案の定、葬式現場には何人かの外国人が居たが、ほとんどがガイド付きのようであった。
マカッサルの同じホテルから3、4組の外国人と一緒に長距離バスでタナ・トラジャにやって来た。私たちの到着した日の前後も何人か外国人が来ていることだろうと考えられるのだけど、タナ・トラジャの街中でも何故かこれらの一緒に来た外国人をよく目にした。このツアーの葬式でもそうだった。同じバスで来た外国人がいたのだ。いかにタナ・トラジャにやって来る外国人が少ないことが分かる。

マレーシアの犠牲祭で牛が生贄に殺され、解体されていく姿を見たが、今回はさらにもの凄い量の豚の殺生を見ることとなってしまった。(お葬式を見に来たのは殺戮を見に来たためではない。念のため。)

今日の葬式は規模は大きいようだ。全部で約100人くらいはいたかと思う。黒い服をまとった人々がコーヒーをすすったり、タバコを吸っておしゃべりをしてる。普通の葬式と何が違うと言ったらやはり暗くないことだろうか。タナ・トラジャの葬式は膨大なお金を掛けて行われる。よっぽど豊かな人でなければ簡単に挙げることはできない。亡くなってからも何ヶ月、何年も葬式を先延ばしにすることが常のようだ。一定期間の猶予期間があるので日本のように暗い雰囲気はあまりない。どちらかと言うと、”安らかに眠れ・・・”とお祭りのような雰囲気なのだ。これはバリ島と似ている気がする。

豚の大量殺戮(笑)が始まった。
足を縛り付けられ身動きできない豚が次々に運ばれてくる。しばらく放置された後、また元の場所に戻され殺される。のどを一気に切って殺す。「ぶひ〜〜」っと可愛そうな声をあげて豚の動きは止まる。なぜかここではお腹を切ってから内臓に手をつっこんで内臓を取り出す。こういう時は血で汚したくないからナイフで処理しそうなもんだが・・・。子供も真っ赤に手を汚して内臓を取り出している。両手とも血まみれだ。

それが終ると、次は豚の皮を焼いていく。毛を焼いてこすってしまえば、もう食べれる状態になる。こんな光景が永遠と繰り返される。何匹ものの豚がこうやって殺されていくのだ。豚は例えば「○○さん家からもらった豚」という具合なのだ。

なんか風変わりな葬式を期待していたが、そう興味深いものでもなかったのが正直な感想だ。動物の殺生(生贄)はここ独特の風習でもないし、殺戮ばかり見るのも気持ち良いものではないからだ。

タナ・トラジャ−マカッサル間、復路は快適バスの旅!

タナ・トラジャ発マカッサル行きのバスは、と〜っても快適だった。

マレーシアの横3列バスに比べると多少落ちる(横は4列)が、行きのバスとは比べ物にならなかった。やはり、バスなどは自分たちの目で選んで、納得して乗ったほうが良い。マカッサル行きのチケット購入は、タナ・トラジャに来た時の反省を踏まえて自分たちでバスを歩いて見てまわった。

大手のバス会社ではないが、ビンタン・プリマのバスを発見。とてもきれいで、エアコンも付いている。しかも、大手のバスよりも安い!そして一番重要なことだが、座席の前後間の幅が圧倒的に広い。幅は130〜140cmくらいあったかもしれない。
というわけで、リクライニングをしても後ろに迷惑はかからない。ゆったりと背もたれによりかかり、毛布をかけて、ぐっすりと眠りながらマカッサルに戻ることができた。
途中で人を降ろしたり乗せたりはしたが、無駄に停車することもなかった。マカッサルの街にも予定通りの時間に着き、指定した通りまで連れて行ってくれた。まだ未明の時間で、路線バスやベモも走っていない。こういった時間であるからこそ、指定の場所まで運んでくれるサービスはとても嬉しい(しかも、バスターミナルはかなりの郊外にあるので)。

インドネシアのバスを少し見直した復路であった。

●暇つぶし中に発見!足のマッサージ!(マカッサル)

マカッサルで、パプアで使うことになりそうなレインコートを探した。
レインコートなんてすぐに見つかると思いきやそうでもない。日本では簡単なことでも、ところ変わると面倒な時もある。

大都会であるマカッサルの方が、何でも売っているし安いはずだからだ。どこで買うか目当てもなしに街を徘徊する。雨具はどこで買えるかと聞いて歩くが皆いい加減(ちゃんと考えてはくれているようだが正確ではない)な回答ばかりだ。言われた店、言われた店を行っても雨具は置いていない。
そもそも、レインコートやポンチョをこれだけ置いていないと言うのは、買う人が少ないからなのだろうか??

そうこうしていると大きなデパートに辿り着いた。スーパーやデパート好きの私たちとしては迷いなく入り口に突入する。う〜ん、エアコンも効いているし素晴らしい。・・・でも、雨具はなかったのだが。
上の階へと登っていくと、何やら美容室で気持良さそうにマッサージしてもらっているおじさんがいる。しかも、美容室はきれいな女のコばかりが働いている。たぶん、マユはそんなことは気になっていなかったのだろうが、値段も安いこともありマッサージをすることに即決した。マッサージはどこでも気持ちよいし、贅沢な気分にもなれるし、しあわせしあわせ。

その後、街の中央にあるセントラルという市場でポンチョを購入できた。本当に大きな市場で、細い道を歩いていると迷子になってしまう人もいそうなくらいの規模だった。さすがに大都会マカッサルなのである。

●パプア行きの飛行機チケット。(マカッサル)

前回にマカッサル滞在中に聞いていた値段より高くなっている・・・
なぜだぁ〜、そう理由はあった。チケットを買いに訪れた前日に航空券の料金が改定されていたのだ。残念ながらそれではどうしようもない。

素直に諦めつつも何か安く行く手段はないかと聞いてみる。
「新しくできたエクスプレス航空のチケットは安いですよ」
「これ幸い」と安いチケットに即決。マカッサル−ジャヤプラ(パプア)を結ぶ航空会社は2社あり、離島路線をたくさん持っているメルパチ航空と新しい会社のエクスプレス航空だ。エクスプレス航空は聞いたこともないけれど落ちることはないだろう。そんな感じで安く買えたことに気分を良くしてお金を払った。

ただし、お金を払う時に困ったのだが、代理店でカードの機械の調子が悪いらしくクレジット・カードが使えなかった。更に、近くのATMも数台が不調(接続エラーと出てしまうのだ)。なぜだか分からないが、5台目くらいのATMでお金を下ろすことができた。う〜ん、インドネシアに入るまで、ATMで苦労したことはなかったが、インドネシアでは手元に多めにお金を用意しておいた方が良いという教訓を得てしまった(しかし、あとでまた苦労する)。

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ミニコラム

++お酒++

スラヴェシでお酒を見つけるには苦労する。商店やスーパーでもなかなか売っていないのである。
お店の人に聞くときは、「BAUO?」と聞くと良い。