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砂漠の中のオアシス。(敦煌)

薄茶色の土が果てしなく広がる道を走りに走り、ようやくオアシスが見えてきた。低かった木も高くなり、民家や人の姿がまばらに見えてきた。ここまで来ると、ようやく中国の西に辿り着けたんだなって実感できる。目に映る風景はセピア色で、静穏。時間もゆったり過ぎている。

この時期の敦煌は、高地にあるチベットのラサよりも寒い。太陽が昇っている間は暖かだけど、朝夕はぐっと冷え込む。薄手の長袖だけでは寒いのだ。そのせいか、私たちを含む外国人も中国人も、多くが風邪を引いていて、いたるところから咳きする声が聞こえてくる。
寒い上にすごく乾燥している。洗濯物がすぐに乾くのはありがたいが、私の腕や足は粉を拭いて真っ白。その上に静電気を大量に発生させ、セーターを着るのや髪を梳くのに勇気がいる。

日本人旅行者が多く訪れるせいか、この街には日本食屋が数軒あるし、ひらがなやカタカナで看板を補足している店も多い。日本人に人気のある「旅人の家」のオーナー隋さんは日本語ペラペラで、ビールを片手にいろいろなお話をしてくれる。楽しい方だ。

その土地特有の食べ物は試さないと気がすまない私は「敦煌ラーメン」を食べてみた。いつもハラハラだけど、このオーダーは成功だった。おいしい。うどんのようなコシのある麺と、辛くないマーボーナスに似たおかずが出てきて、それを合わせて食べるのだ。
中国はこのように、手で捏ねたコシのある手作り麺が多い。店によって味もコシも違うが、どれもおいしい!

ナニハトモアレ莫高窟。(敦煌)

「敦煌は莫高窟で有名になった。」そう言っても過言はない。

莫高窟は敦煌市内から26kmほど離れた場所にある。多くの旅行者は、敦煌1日ツアーで訪れるのだろう。安い1日ツアーの内容は、午前中に莫高窟。午後に鳴砂山というものだった。

以前は安い1日ツアーでも、白馬塔や敦煌故城を訪れたことからすると手抜きというか・・・(値段も別に安くなっていない)。もっとも、白馬塔は何の変哲もない塔で、新しくペンキを塗りなおしてあることもあって全く印象的じゃない。敦煌故城も復元らしく、歴史に興味がある人以外には「ふぅ〜ん」という感じかもしれないが。

1日ツアーの内容が余りに薄いので、莫高窟には自分たちでタクシーに乗っていくことにした。鳴砂山は自転車で15〜20分で行けるのでツアーに参加する必要もないのだ。

敦煌は、ウイグルにある多くの石窟とは違い恵まれていた。イスラム教を信仰する民族による支配を受けることなく、長年にわたって造営が続けられたのだ。イスラム教徒はなぜ世界のあちこちで、いろんな遺跡を破壊しているのだろう。なんだか、神像なども含めた偶像崇拝を禁じているという以外の詳しい事情は分からないけれど、ちょっと寛容性に欠ける信徒が多いのではないかと思ってしまう。
ともかくも、大規模な破壊を受けずに乾燥気候と相まって、現在にその石窟が伝えられたのは幸運なことだ。もっとも、莫高窟や多くの石窟では多くの重要な文物が、植民地支配時代に日本やイギリスなどに運び去られてしまったようだ。有名なところではエジプトのピラミッドなども含め、植民地時代に多くの重要な物が欧米諸国に持ち去られている。今は既得権益ということで、返却されることもないようだが、過去の行為だからと言ってそのままなのはどうも納得いかない。発掘にも費用やいろいろな犠牲もあったかもしれないが、何か返却も含めた保障などはないものだろうか。

関係ないことばかり書いてしまったが、石窟の数は全てで492らしい。一般に開放されているのは、そのうちの27窟だけ。他に別料金をとる窟が13箇所あるらしいが、どこも高い。普通の入場料でさえ100元(約1,500円)もするのに。
それぞれの窟は早いものは5世紀から作られていたらしい。そういった説明は莫高窟を見学する際に付く(無条件に)ガイドが説明してくれる。私たちはガイド無しで回ってしまったけれど、それは普通ではないようだった。

「過去の旅日記」にも書いたが、私が強い印象を受けるのは「大きい仏像」などだ。窟の壁も使ってドーンッと構えるような仏像は、本当に凄いと思う。こんなものをどういった思いを込めながら作ったのかと思うと、詳細は分からないながらも感じるものがある。大きな寝釈迦物もあるけれども、やはり座っている像が印象に残った。
他にも各窟の天井に描かれた「千の仏陀」など、細かいものを手抜きせずに描く姿が目に浮かぶようだ。各時代の違いは分からないが、絵や像の仏陀の顔や背景などの雰囲気はいろいろある。そういう微妙な違いが、各時代の違いなのかもしれない。

私は行っていないが、四川省の楽山にある大仏は世界で最大らしい。アフガニスタンのバーミヤンの大仏が破壊されたために、世界最大となったのかもしれないが、私にとっては見てみたいモノの1つだった。ただし、私が楽山の玄関口でもある成都にいる際に「中国人の行列が凄い!!何時間も並ばないとならないよ。」と言われて諦めてしまった。ちょっとやる気が足りないかな・・・。

莫高窟の詳細は、ガイドブックなどを参照された方がいいので省くが、ここは他の観光地と比べると値段分の価値があるかなと思う。入口に右側の方から柵を越えて入る人もいるようだが・・・。

●美しい夕陽。鳴砂山とか月牙泉。(敦煌)

ただの砂丘である鳴砂山と、月牙泉と呼ばれる汚い湖がある。
自転車でも15〜20分も走れば着く距離だ。

特に自然の造詣が特別なわけでもないが、ちょうど砂丘の位置がちょうど良い。夕陽の時間に砂丘に登ると、砂丘に沈んでいく真っ赤な夕陽が見られるのだ。敦煌は砂漠地帯なので、ほぼ毎日が晴れ。そんなわけで、砂丘から夕陽を見るにはちょうど良い場所だ。敦煌に来たついでに、美しい夕陽を見に行くにはとても良い場所だ。

ただし、入場料が80元なのは高すぎる気がする。他の国で砂漠に入るのに入場料を取るところがあるのだろうか??(敦煌には月牙泉が付属であるのでまだしも、ピチャンはただの砂丘だがやはり入場料30元を徴収する。)

前に来た時には、鳴砂山の回りには数件のお店があったばかりだった。今は店がたくさん並び、植物園や駐車場や凄い有様だ。入場すると、ラクダやジープ、飛行機(?)の勧誘がうるさい。他にお店もたくさん並び、自然を見に来たのにそんなものばかりが目に入る。
前述の隋さんのお店では、夜に砂丘(鳴砂山ではないので入場無料)に登りに行く「天の川ツアー」を40元でやっているらしい。情報ノートや実際に言った人の話では、かなり評判が良かった。

敦煌だけではないけれど、砂漠や回りに明かりがない(光害がない)場所では、凄い濃密な"天の川"が見える。天の川以外の場所にも無数の星があるが、天の川付近には星の光で白く見えるくらいの多くの星が点在している。天の川でけでなく、人工衛星などもたくさん見える。横になって空を眺めるだけで、宇宙の大きさや小さな自分のコトを考えてしまう。時間に余裕がある今のような旅で、忙しく動き回る必要はない。たまには、そんな夜も良い。

ところで、鳴砂山だが、入口の左側は一部柵がない。堂々と入っていけば、何も言われない。ここでは性善説が信じられているのだろうか。

●砂漠や雪山を眺めながら。(敦煌-ハミ)

マユが少し書いているが、10月でも敦煌の早朝はとても寒い。気温はゼロ度近くまで下がる。

砂漠地帯なので、昼間は暖かいが夜は急激に冷え込むのだ。バスは8時頃にようやく空も明るくなると同時に出発する。この辺りでは8時と言っても、日本で言うところの6時くらいの感覚だ。中国は国土が広く、東経も幅広いが国内で時差は採用されていない。そんなわけで、朝8時に明るくなり夜8時頃に暗くなるというような、ちょっと変なことになるのだ。

バスの車内の空気はとても寒い、そしてタバコ臭い。
そんなバスで、大量に収穫された綿花の輸送行列を追い抜いていく。ただひたすらまっすぐに続く道を、まずは柳園駅まで北上する。そして、その後はひたすら西に向かうのだ。
車窓には、南に荒涼たる砂漠。北には頂上部にたくさんの雪を抱く山が見えている。砂漠の向こうに山、そして、その山には真っ白な雪。空は真っ青!まるで絵のような景色を眺めていると、ハミに着く。道路はガタガタだけれど、ちゃんと舗装されている。400km以上もある距離を考えれば、6時間掛からずに到着するのはとても速い。道が良いとかではなく、何もない真っ直ぐな道ということも大きいのだろうかもしれない。

ところで、バスの中では中国語ではなく何か違う言葉が多く聞こえてきた。ウイグルの言葉だろうか。

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++インターネット++

敦煌のインターネットカフェでは、飛天賓館の前の大通り付近なら日本語の読み書きが可能なようだ。

街の看板にも日本語が溢れているし、レストランのメニューにも日本食風のものが混じっている。

隋サンのお店には情報ノートがある。通りの反対にも情報ノートはあるが、内容がない(最近は内容のない情報ノートを良く見かける。情報を持たない旅行者が多いのだろうか?)。





●物価が安くて嬉しい。(ハミ)

高所に行くために寒さ対策として、羊毛のスパッツをマユと私で1つずつ購入。それで、45元(約670円)になった。とてもリーズナブルな値段だ。靴下や軍手なども購入したが、それらもとても安かった。

朝食に食べたニラ饅頭もボリュームがあっておいしいのが、0.3元(3角、約5円)。おいしい肉まんも0.3元。久しぶりに大満足した。中華料理は、どこで食べてもそこそこおいしいのだけれど、"すごく"おいしいというのには最近出合っていない。ニラ饅頭や肉まんは、ちゃんとした料理とは言えないかもしれないけれど、おいしくて満足すればいいのだ!

お昼に入ったレストランでは、外国人ということで(たぶん)あれこれとサービスをしてもらった。
・15元だったのに、なぜか10元に。
・ブドウ1房。
・果物4つ(名称不明)。

そもそも私たちは、餃子が食べたくてこのお店に入った。しかし、外には"餃子"と書かれているにもかかわらず「餃子は無い」と言われてしまった。もうこのレストランはやめて、他のお店に行こうかとも考えたのだがこのレストランで食べて良かった。
ちなみに、サービスだけでなく、マユの食べた牛肉砂鍋と私の食べた茄子料理共にとてもおいしかった。

中国では、男性の吸うタバコなどで日々嫌な思いをしているが、女性にはアレコレと親切にしてもらっているとようやく気づいた出来事だった。

多謝!!

葡萄いっぱいの町。(ハミ-トルファン)

既に目になじんだ薄茶色の砂漠をぐんぐん通り過ぎ、バスはトルファンへ向けて疾走する。
バスのトイレ休憩の数が少ないので、水分の摂取量はいつも抑えがちだ。だが、空気が乾燥しているせいか水分の吸収率がとても高い。飲んでも飲んでも体内に吸収され、トイレの回数も量も少なくて済む。最近では、足も肌も乾燥で"かぴかぴ状態"だ。

トルファンに来ると、ハミから始まったウイグル色が深まる。街を歩く人の顔も大きく変化を見せる。今まで訪れた街では、大半をしめていた漢民族が減り、目鼻立ちがはっきりとしたウイグル族に変わった。話す言葉も「チ」とか「チェ」などを多く含む中国語が減り、流れるような話し方をするウイグル語に変わった。看板も中国語だけでなく、ミミズが踊るようなウイグル語も併記されている。

トルファンは葡萄の栽培が盛んで、観光用だろうけれど道路の上にまで葡萄棚がある通りがある。それらの葡萄棚にもツルや葉が生い茂っている。きっとワイン好きにはたまらない町だろう。中国ではどこにでも安く売っているビールに加え、安い値段でワインが手に入るのだ。味はボジョレーヌーボーのような出来立てのマイルドな味で、10元(約150円)ぐらいから購入できる。

このようにトルファンは一大観光地として有名だが、寂れた部分もあるようだ。葡萄が茂るきれいな通りの脇に、それに見合ったきれいな建物があるが、建設途中のまま放り出されている。2階までは作ってあるが、3階は鉄柱丸出しの寂しい姿でそこに存在している(必要な時に追加工事しやすいためと思われるが)。国慶節(中国の祝日)にも関わらず客の姿はまばらだし、どことなく寂しい。夏のシーズンはもっと賑わうのだろう。

●観光名所8箇所の旅 No.1(トルファン)

トルファンの近郊には、いろいろな観光名所がある。ツアーに参加すると効率的に回れるらしいので参加を申し込んだ。申し込んだのはホテルの前にある「Jon's cafe」のツアーだ。1人60元(約900円)とちょい高めだけれど、いつも観光さぼり気味の私たちは思い切って参加してみることにした。
ツアーの見所の数は8箇所と結構多い。

ツアーのメンバーは、中国に留学に来ている韓国人カップル、中国語を理解する日本人男性、中国人の男性と私たちの合計6人だ。運転手は、ウイグル人で英語を話さない。私たち以外は普通に中国語で会話できるのでいいが、私たちにとってはやや手強い(?)ツアーとなりそうだ。
さらには、運転手の子供らしき女の子もなぜか乗り込んだ。途中で降りるのかな?と思ったが、そんな様子はない。たぶん母親と交代制の子守なんだろう。ツアーに子供を乗せてしまうといういい加減さが微笑ましい。女の子は自分で窓を開けたり、ドアを閉めたり、椅子を上げ下げしたり何でも自分でやってのける。客相手にも躾がちゃんとしているようだ。

まず、1番はじめは「蘇公塔(そうこうとう)」。1779年に建てられたものらしいが、ほとんどがきれいに修復されている。また、外から見た感じではただの塔が中央に建っているようにしか見えないし、私たちは入場料を払わずに外からの写真のみにしておいた。

次は「火焔山」。陽炎によっては山肌が赤く燃えているように見えることから名付けられたらしい。私たちはハミからトルファンへ向かうバスの休憩で一度降り立っていたので、既に写真は撮っていた。また、タカは前に来た時に見ていたので、私1人入場料を払って中に入った。お金ばかりケチっているように見えるが、8箇所も回るし、前にも書いているように中国の名所の入場料はオーバープライス。全部払っていたらキリがない。

昔(約12年前)タカが来た時は、入場料も山の前にある建物もなかったらしい。が、今は建物の中には火焔山に関する展示物がたくさん飾られている。山の模型、孫悟空の絵の彫り物から関係あるのかな?と思うような中国独特の絵巻の絵や彫刻。オーバープライスの上にオーバーディスプレイだ。
しかも、中国人観光客はメインである火焔山より展示物の前、もしくはオプション観光であるラクダ乗りの前に固まっている。見るというより、単に記念写真を撮るだけの若者も多い。建物や展示物の増加=入場料の増加。現地人がこういったものを好むから、入場料が年々高くなるのも分かる話だ。

待っているとばかり思っていたタカは、駐車場の端から火焔山を眺められる広場に簡単に入っていた。ケ!入場料の無駄であった。皆さん、展示物のために入場料を払うのはやめましょう!(笑)

●観光名所8箇所の旅 No.2(トルファン)

3つ目の見所は「ベゼクリク千仏洞」。当時のウイグル族は仏教を信仰していて、その時に作られたものらしい。イスラム教が浸透するとともに壁画や仏像も破壊されてしまっていると聞いていたが、外観も仏教のそれと分かる雰囲気のあるものだったし、見渡す景色も雰囲気があっていい。当時の姿を想像もできる気がする。

だが、確かに壁画や仏像は破壊されて痛々しい。顔だけくり貫かれてしまっているブッタ、イギリス人によって盗まれてしまった一部分。公開されていない窟も多い。

4つ目は「アスターナ古墓群」。砂の岩山がゴロゴロ広がっている殺風景な土地に3箇所に穴が掘ってある。それらは273〜778年に作られた墓だと言う。また中には壁画やミイラが展示されている。ミイラは、当たり前だけど顔も指先も人間のそれと認識できてリアルだ。1人で穴に入っていると少し憂鬱な気分になってしまう・・・。
とても古い遺跡だけれど、あまりにも蕭条たる雰囲気で印象が薄い。

5つ目は「高昌故城」。ここはウイグル帝国時代に1000年の間国都として栄えた場所だというタマゲタ!城跡だ。200万平方あるという、だだっ広い敷地に地面の土と同じ色の山(遺跡)がいくつも広がる。形は随分崩れているものの、門、家、塔の形は判断できる。周りを見渡すと荒涼としているが、まるで違う世界に入り込んでしまったような不思議な錯覚に陥る。
雰囲気は良いが、観光客の数もこれまた多い。たくさんの客を乗せたロバ車や馬車が埃を舞い立てながら走っている。遺跡の上に座って記念撮影をしていた韓国人は、係員に大声で注意されていた。係員自身も高い遺跡の上に椅子まで置いて何時間も座り、遺跡を痛めているにも関わらず。

●観光名所8箇所の旅 No.3(トルファン)

6つ目は葡萄園だった。
特にお金を払うほど興味がなかったので2人ともパス。葡萄園は複数のチケットになっていて、数箇所の葡萄園を見学できるようだ。そのせいで、私たちはかなり待たされる羽目となった。

7つ目はトルファン中に張り巡らされているという地下水路の博物館みたいなところだ。これも興味はなかったのでパスし、代わりに周辺を散歩した。すぐそこは土壁の民家が並んでいて、ごく普通のウイグル族の生活の一部を覗き見できた。
ウイグル族の玄関は、しっかりとしたタイプのものが多い。多くの家の扉は、マークのようなかわいらしいイラストがカラフルに描かれていて興味深い。更に奥に行くと、そこには「自然の姿の地下水路」があった。おばちゃんが洗濯していたり、子供が遊んだりしている。中に入らないでこっちの本物を見れて本当に良かった。

8つ目のフィナーレは「交河故城」。故城は2つ目なのでどうしようかと思ったが、わざわざ最後に持ってきているだけ良いものなんだろう、と巧みに考え、ちょっと高めの30元を払って中に入った。

中に入ると大きな看板と共に「きれいな遺跡」が見えて少しガッカリ。あまり人工的なものは好きじゃない。中は広いのでグイグイと進む。人の姿もほとんど見えなくなると、期待外れ?と思っていた遺跡が突然素敵なものに見えてきた。
ちょうど夕日の時間で、遺跡に赤やオレンジ色が映えてとてもきれい。道はどこまでも続くかのように続き、白に近い薄茶色の遺跡の山や壁がパノラマに広がる。不思議の国に感じる。最後に展望台に登ると、大小の様々な形に突き出した遺跡の山が広がる。まさにその光景は「お城」で、妖しげに美しく夕日の光を吸収している。
最近いろいろな名所に行っているし、旅慣れということもあって感動する機会がめっきり減っていた。けれども、ここは久しぶりに感動!
高昌故城も良かったが、交河故城に入った時間帯は夕暮れ時でちょうど良かったのだろうか。交河故城の方が、かなり印象良い!

かわいらしかった運転手の子供も疲れのせいか、段々とわがままになってくる。
昼休憩を境に女の子は私たちにかなりなつき、抱きついてくるぐらいになった。車の中でも私のすぐ隣に座っている。前にいる父親の運転手がペッ!と窓から唾を吐くと、女の子も真似して唾を吐く。それが失敗し、ちょうど私の頬に張り付いた!ゲゲ!である。

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++ハミの安宿++

情報ノートやガイドブックでは安い宿を見なかったが、バス停の上の「交通賓館」は、18元〜 とリーズナブル。

++交通賓館++

中国のだいたいの町の長距離バス・ターミナル付近には交通賓館がある。便利であり、かつ、安いことが多い。私たちは町に着くとまずここで値段を聞くことが多かった。



香港の宿「ゴダイゴ」のオーナー。(トルファン)

トルファン賓館のドミトリーで同室になったのは、香港にある宿「ゴダイゴ」のオーナーだった。そういう方も中国を旅行しいるんだなぁ〜と、ちょっと驚き。

話を聞くと、年に8〜9ヶ月は中国を中心に旅行しているとのこと。仕事は任せてあるとのことだが、そういう人がいることも素晴らしい。普通は、お金が絡むと何かと難しくなり、続かないことの方が多い。

私たちは香港では「ゴダイゴ」ではなく「ラッキー」に泊まっていた。彼も宿を始める以前には「ラッキー」に泊まっていたらしく、何かと面白い話を聞かせてくれた。

モンゴルの有名な日本人宿「あずさや」のオーナーは、モンゴルが寒くなると「ゴダイゴ」にやってきたりもするらしい。「あずさや」は、とても居心地が良いと聞いていた。
「いやぁ〜、あの宿は1つの点を抜いたら最高って話でしょ?」
「1つってなんですか?」
「オーナーがいなければ、だよ〜(笑)。口うるさいって、自分でも思ってるみたいだよ。」
「そうなんですか〜。」

「ラッキーの布団は開業以来洗ったことがないとか、置いてあるものは全部拾い物だとか、噂はひどいよね。皆、宿泊者が勝手に話を作っちゃうんだよ。」「貧乏旅行って言葉は好きじゃないな。あれって、単なるケチケチ旅行でしょ。貧乏旅行をしないと旅の本当の楽しさは味わえないとか、ふざけたことを本に書いてるのもいるけど、そんなわけないよ。例えば屋台でご飯食べて、その国の美味しい料理が味わえるわけないし。」

私たちが「ラッキー」に宿泊していた時に、宿泊していた何人かも知人だったらしい。

●ホテルなのに公衆浴場?(トルファン)

トルファン賓館へのチェックインが済むと、なぜか4枚の紙切れが渡された。その紙の1枚1枚には「1元」と印刷されている。
「この紙は何ですか?」
「シャワー浴びるのに使う紙です。」
「はぁ・・・?」
完全には訳が分かっていたわけではないのだけれど、そうなのかぁ〜、といった感じで自分の部屋に向かう。

そして、シャワーの時間。
私たちが泊まっているドミトリーにはシャワーはない。共同のシャワーが室外にあり、そこにシャワーを浴びに行くシステムなのだ。安宿やドミトリーでは世界的にごく一般的なシステムだ。
シャワー室は別の専用の建物があって、そちらに「公衆浴場 PUBLIC SHOWER」の文字が。そして、入口で「1元」と書かれた紙を差し出す。その紙を差し出すことによって、無料でシャワーを浴びられるのだ。
(んっ、待てよ・・・?)
そう、シャワーは1日1回まで。
そして、部外者もここにシャワーを浴びに来るのだろうか。

夏のトルファンは暑い。そんな時にはシャワーを数回浴びたい時もあるだろうに、それはお金を払わないと許されないようだ。少し寂しいシステムだ。

トルファン賓館を出て左に行くと解放街がある。土壁の伝統的な家屋が並んでいる。水道などが付いていない家屋も多そうだ。そういう家の人たちがたまにシャワーに入ろうと思ったら、トルファン賓館にやってくるのだろうか。もっとも、近くの川で済ますのかもしれないけれど。
もしかしたら、シャワー室が別棟にあって、部外者も入りに来るのでチケット制を導入したのだろうか。

興味深いシステムだ。

なかなか出発しないバス。(トルファン-クチャ)

トルファンからクチャ行きのバスは安い。
中国東部に比べると、西部は最大で1/2程度に安くなる。その分、バスは古くて居心地が悪い(エアコンがないのでタバコを吸う人が多いなど)という点もある。が、まあ安いというのは嬉しいことだ。
運転手も漢民族からウイグル族に変わった。だからとは言わないが、運転が遅い。道も悪いが、やたらとスピードを出さない。これじゃぁ夜中に着いてしまうなぁと危惧したが、予想通りの展開となった。昼に出発したバスはノソノソ走り、途中の町、コルラに到着したのは夜の7時だった。

コルラはやたらと都会だ。
おそらく、漢民族が進出してきたのも最近の話なんだろう。パステルカラーで彩られたビルや、きちんと整備された川の橋などが印象的だ。バス停からもカシュガル行きやウルムチ行きなど、きれい目な寝台バスが多数並んでいる。ここはクチャやカシュガルよりも都会だし、便利な町だ。
クチャへの到着も遅くなりそうなのでコルラに下りたかったが、チケットはクチャ行きを購入していたので我慢顔でバス内に待機する。

ここから、まだまだ時間はかかる。夜中に着くのはまっぴらだし早く出発して欲しいが、なかなか出発しない。
・バス停に止まって人が乗り込むのを待つ。
・道路沿いで荷物の運賃を交渉している。
・さらになぜかバス停に戻る。
など本当やめてくれ、と言いたくなるぐらいスローペースだ。バスは1時間半待ち、ようやくクチャへと向かった。クチャに到着したのは、夜中の1時もとうにまわっていた時間だった。

●バザール!バザール!(クチャ)

クチャは、トルファンからカシュガルに行く合間に寄った町で、特に興味があったわけではない。バスで小刻みに移動すれば、長距離移動をしなくて済むし、町から離れた電車の駅まで行かなくても済む。だけれども、結果的にクチャはとても良い町だった。素朴なウイグル族の匂いがプンプンする町だったのだ。

ちょうどムスリムの休日、金曜だったので週に1度開かれるバザールへ出掛けてみた。
道を歩いていると、突然「ソレ」は始まり、鶏や鳩、鴨が足を縛られて並んでいるのが目に入った。中国人は4つ足のものなら何でも食べると言われているが、その通りにいろいろなモノが並んでいる。鶏や鳩、鴨などの動物から始まり、脈絡もなく順番にいろんなものが売られている。冬用の厚手のジャンバーから子供の小さい服を売るお店、ズタ袋や白い袋を売るお店、羊肉を数体ぶら下げ、バラ売りするお店などバラエティに富んでいる。
バザールと言えば大きい広場などをイメージしがちだが、ここのバザールは道路の脇の細い歩道沿いにずらっと並んでいる。それらはイスラム色が強く、土地の生活を顕著に表している。とてもおもしろい。

漢民族が作ったきれいなビルを尻目に、ロバや馬が引くリヤカーのような荷台の姿が目を引く。ウイグル人が乗っている姿はとても絵になる。ロバや馬はタクシー代わりにもなるらしい。

ロバとラバと馬の違いは何?と疑問に思った私たちはホテルでマイクロソフト社の「エンカルタ」を開いてみた。ロバは馬科らしい。馬よりも一回り小さく、耳が大きく立っている。ラバはオスのロバとメスのウマをかけあわせた雑種らしく、馬やロバよりもどれを取っても優れているとのことだ。
外見だけではロバかラバか私たちには判断できないが、目が優しく、その表情は大人しげでかわいらしい。

ウイグル帽子をちょこんとかぶり、白髪のあごひげを伸ばしたおじいさんがマーケット内をぶらついている。本人は普通に歩いているつもりなんだろうけど、とっても絵になっている!渋いし、かわいいし、格好いい。いろんな褒め言葉が浮かんでくる。

●非ロマンス的故城。(クチャ)

クチャの中心市街地から少し行ったところに、故城遺跡があるらしい。いつものように、バスやタクシーを使わずに自分の足で向かった。
町の中心から離れると、すぐに喧騒がなくなり、人の姿もまばらになった。代わりに、ウイグル独特の立派な家壁や門が立ち並ぶ。空は青空でまぶしいくらいだけれど、とっても気持ちがいい。

古い地図通りに探したが、故城らしきものが見当たらない。通りから左側にあるはずの故城が、なぜか右側に小さく見えてきた。
(お金がかかるのかな?)
と思ったけれど、ほとんど野ざらし状態。申し訳程度に柵に囲まれていたが、寂しい姿だ。
故城を示す立派な看板はあるが、どこにでもありそうな薄茶色の砂山がポツンとあるだけだったのだ。当然、この奥にもあるだろう、と思ったけどそんな様子もない。うーん、クチャの故城は大したことなーい!

しかし故城は左側にあるはず、と、思い直し、近くにいたおじさんに聞いてみる。すると、あっちあっちと左側の道を指差す。やはり反対側が本物なんだろう。
そちらへ行ってみたが、なるほど、反対側のものより奥行きがあって大きい。お金はかからないようなので、ズンズン奥へ行ってみた。小山になっていて高さのある遺跡の上には、人の歩いた跡がいくつもあり、地元民の散歩道になっているようだ。重要財扱いはされていないようだ・・・。

「そっちは見ない方が・・・。」
タカがそう言った時には、既にソチラを見てしまった私。地元の男の人が野○ソをしていた。重要財の隣で。
その他にもそれらはたくさん転がっており、隣にある民家の野外トイレの臭い匂いもプンプンしている。
なんだか、雰囲気がエレガンスとは、とてもじゃないが言えない

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++バスの利便性++

トルファンから、遠い町に向かう場合には、いったんウルムチに移動した方が快適なバスが多い。

トルファン発は本数も少ないし、直行便でもない。あちこちの経由地に停車するため遅くなる。
そして、寝台バスも少ない。例えばカシュガルやホータンなどの遠くを快適に目指すなら、ウルムチ発のバスがかなり快適なはず。

●何もない町で時間潰し。(クチャ-アクス)

クチャからカシュガルの道のりは遠い。その上、クチャからカシュガル行きのバスチケットは販売されていない(※)。そんなわけで、途中地点(クチャ寄り)のアクスという町を目指した。
※ウルムチ発カシュガル行のバスに、途中乗車することは可能。

アクスも、ほどよく整備された漢民族が多く住む都会だ。カシュガル行きのバスチケットを買おうとしていたら、漢民族のおばちゃんが何やら話しかけてくる。
カシュガルへ行きたいんだと伝えると、親切にも時間や値段を窓口のお姉さんに尋ねてくれた。話によると、おばちゃんの親戚が日本にいると言う。だから親切にしてくれたのだろうか。おばちゃんはこのバス停でウルムチ行きのチケットの勧誘をしている人のようだ。まぁ、どちらにしろ親切にされるのは嬉しい。

出発は夜なので、とにかく時間潰しだ。アクスの見どころは郊外にあり、タクシーでないと行けない。バスの出発まででは観光する時間もあまりないし、特別の興味もなかった。

ご飯を食べた後、市内へ行くバスに乗り込んだ。気になるところがあったら降りようと言うことにしたのだ。
バスは街をぐるっと回り、そのまま1周して戻ってくる。気になる場所がなかった私たちは、最初に乗り込んだところに戻って来てしまった・・・。アクスは中国のどこにでもあるような町で、全くおもしろみがない。

時間潰しにと思い、近くにあった美容室で施術してもらえるマッサージの値段を聞いてみた。30元だと言う。ちょっと高めだし、何よりもマッサージ専門店でないので気持ち良くない(下手)という可能性がある。後ろ髪引かれる思いでそこを出た。・・・ああ、中国出国までに気持ち良いマッサージがした〜い。

何もすることがなくなった私たちは、長距離バスの建物内のベンチで横になって時間を潰した。そしてようやくバスが開き、中に入れるようになった。中国のバスは、早い時で3時間前ぐらいから開けてくれるのだ。

●イスラムの香りとウイグル族。(カシュガル)

カシュガルは、シルクロード貿易とともに栄えてきた都市だ。また、ウイグル人の住む割合が高く、全体の80%を占める。人民東路という大通りを北と南に分け、ウイグル族と漢民族とが住む地域に分けられている。北側の町を歩いていると、ほとんどの顔がウイグル人で、イスラムの香りが強く漂う。

日曜日には、有名なバザールが開かれる。私たちもわざわざ日曜に間に合うようにカシュガルにやってきたのだ。ところで、バザールとマーケットの違いは何だろう?と思い、またエンカルタで調べてみた。マーケットがいわゆる「市場」なのに対し、バザールは西アジア周辺での市場を意味するらしい。カシュガルは中国で西アジアではないが、イスラム色が強いこの地域ではバザールと言う言葉は間違いではないようだ。

バザールには、通りの脇に商品を並べただけの小さい出店、日曜日だけでなく普段からそこで営業しているようなお店など、様々なお店からなっていた。規模は、かなり大きい。歩いても歩いてもお店はどこまでも続き、果てしない。ただ、クチャで昔から変わっていないような素朴なバザールを見ていたので、何となく物足りない。商品の種類は幅広いし、ウイグル人の生活感がこちらにも伝わってくるが、「庶民感覚」ではクチャの方が上に感じた。

その他、バザールではウイグル族の帽子やナイフが売られていて楽しい。帽子はキラキラした飾りが付いた派手なものや、寒いところでも温かいようにファーの付いたもの。ナイフは柄にウイグルらしい模様の付いたもの。どれも異国情緒溢れていておもしろい。
私は途中の店でCDを買った。ウイグル独自の楽器で演奏されたものだ。旅の途中に聴くのにぴったりだな、と思ったのだ。

●老城と呼ばれるエリアに侵入。(カシュガル)

カシュガル老城と呼ばれるエリアがある。
「古い民家が並ぶ」とも言えるし、「スラム街」とも表現できるエリアだ。バザールが行われる辺りも充分に雰囲気はあるのだが、やはり旅人としてはもっと味のある民家を見たいと思うだろう。
一本だけ中の道に入っただけで、そこからは世界ががらっと変わる。石と土を混ぜて作った壁のある家が並び、車が入れない細い通りが迷路のように続く。白髪ヒゲを蓄えたおじいさんが道端にたたずんでいたり、子供がベーゴマのような昔懐かしいゲームをしていたりする。

どこも絵になるのでパシャパシャ写真を撮っていると、小さくてかわいらしい子供が「撮って撮って〜」と言わんばかりに近づいてくる。デジカメで撮ってあげると、「うきゃ〜〜!!」と大はしゃぎ。デジカメをぎゅっと掴んで画面に見入る。本当に嬉しそうだ。

出口を出ると、そこには「立ち入り禁止」の札が!ここは入ってはいけない場所のようであった。庶民生活を見られたくないという住民の声もあるのだろうし、村人は貧しいので外人が勝手に入っても責任は取れませんよと言っているのだろう。もう入って出てきてしまったからしょうがないけれど・・・。
ただ、写真を撮ったりしていても住民の目は特別冷たくない。むしろ私たちの姿は「関係ないね」と言わんばかりに、いないも同然の無視状態であった。
他にエイティガール寺院の西にあるエリアには、30元を払うと中に入れる場所がある。「高い」と思い、入らなかったのは言うまでもない。


公共の場所では靴脱ぎ禁止?中国の常識。(カシュガル)

「○×△дΘ〜!!」
どうも靴を脱ぐなと言っているようだ。長距離バスターミナルの待合室で寛いでいた私に、係員が突然言いに来たのだ。

どうも、中国の常識では公共の場所で靴を脱ぐのはいけないことのようだ。
そして、その理由は簡単。中国人が靴を脱ぐと、たいてい悪臭が周囲に撒き散らされるのだ。
そういう現実を知っているので、
(そうかぁ〜、そういう常識があるのかぁ〜。仕方ないよなぁ〜。)
なんて納得してしまう。

不思議なのだけれど、中国では中古の靴なども道端でたくさん売られている。しかも、どれも汚い。履き古したものを洗わないままに売っているようだ。そういうのを見ると、中国人の多くは"靴を洗わないのか?"と疑問が出てくる。

うん。そのうちに中国に詳しい方か、言葉の通じる中国人に聞いてみたい。

カラクリ湖経由。(カシュガル-タシュクルガン)

雪だー!
久しぶりに雪を見た。ここ、カシュガル-タシュクルガン間の山道はいくつもの高い峠(3000m超)を越える。窓からきれいな雪山が見渡せる。もう季節は晩秋なので、緑は少なく、禿山に雪が乗っただけのものだがとても美しい。空気も冷たく澄んでいる。

通路を挟んで隣にいた中国人男性2人組が、
「写真を撮ってくれー。」
と、どっしりと重い本格的な一眼レフデジカメを私たちに渡してきた。絶景は、私たちがいた進行方向に向かって左側に続いていたので、自分のカメラでそれを撮って欲しいと言っているのであった。
レンズはカメラより面積がある(?)ぐらい、かなり優れたものだ。取り味も抜群だ。最近、中国人は観光ブームのようだが、その波に乗って良さげなカメラを持つ中国人が目立つ。本当、裕福になっている証拠だ。
(その後、タシュクルガンの故城でも高そうなカメラを持つ中国人を多数見た。)

カラクリ湖。
それは途中にあるきれいな湖で、観光名所の1つでもある。大きな面積の湖が広がるのだが、肝心の水が少ない。水の美しさもこれじゃ分からないなぁと残念に思っていると、それは"偽物カラクリ湖"だったようで、後から"本物のカラクリ湖"が出現した(単なる勘違い)。

乾季なので水の量こそ多くはないが、澄んだ湖面にきれいな雪山や青い空が反射して写っていてきれい。夏はもっと緑があってきれいらしいのだが。

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生クリームの山

写真にある白い山は、生クリームだ。しかも、とても甘い。
これを、これまた甘〜いカステラにつけて食べるのがウイグル流らしい。

甘党にはたまらない味かもしれない。お試しアレ。

マユにバカにされ・・・!?(タシュクルガン)

「カラクリ湖ってさ、片栗粉に似てない?」
「・・・私はカラクリ(仕掛け)を思ったけど、恥ずかしくて言わなかったよ。」
「・・・」
ちょっと冷たい視線を受け、寂し(悲し)かった・・・(笑)。

●素人カメラマンが集う場所?(タシュクルガン)

タシュクルガンには、石頭城という城塞の跡がある。
城塞の跡と言っても、今は城壁が残っているだけだ。

こんな山奥の寒い地域でも、土地を奪い合うための戦いが繰り広げられていたのだろうか。中国の国土は、日本と比較してしまうととても肥沃な大地が広がっているとは言えないと思う。もちろん、肥沃な地方もあるのだが、広大な砂漠や樹木も生えていないような山々が、とても多いように思えるのだ。それらの土地は昔は肥沃だったが、人間が樹木を伐採したり開発したりした影響もあってそうなってしまったのだろうか。
その辺は良く分からないが、どうも乾燥地帯で何もないような場所にたくさんの城壁跡が残っているのは、人間の浅はかさというか、征服欲の強さというか、醜さを現しているような気がする。

いろんなことを想像してしまうが、その城壁跡を写真に撮るためにちょうど良い場所が町の東外れの牧草地近くにある。手前には牧草地と小川、そして城壁跡、その向こうには白い山々がそびえているのだ。
写真を撮ろうという人は、ちょうど良い場所を探し、そしてほとんど全員がそこに辿り着くのではないだろうか。旅行者が多いとは思えないこんな時期にも、写真を撮ろうという人がたくさんカメラを構えている。カメラを持ってタクシーで駆けつける集団もいる。
とても大きくて重そうなカメラや、カメラを運ぶためのバッグなどが置かれている。
(もしかしてプロなの?)
という感じの装備の人たちが何人もいるのだ。う〜ん、凄いなぁと少し羨ましくもあるが、この人たちの旅の目的は「写真」なのだろう。
(私たちの旅の目的って何だろう?)
そんなことまで考えてしまった。

ちなみに、写真撮影は私たちもご一緒させて頂いた。

●初雪!in旅。(タシュクルガン)

「寒いよぉ〜。」
2人で寒さに震えながら晩御飯を食べに行く。辺りは暗くなっているけれど、霧がたちこめているのが分かる。
「何かが降ってきそうだね。」
そんな話をしながら、おいしく魚香肉絲や宮保鶏丁、炒空芯菜などを食べた。いつは2人で食べる時は、おかずは2品だけれど、今夜はドミトリーで同室の日本人と食べに行ったので3品だ。なんだか、それだけでも贅沢な気分!

「雪だ!」
粉雪がハラハラとゆっくり落ちてきていた。服に雪が落ちても全く解ける気配すらない。
ゆっくりと、ゆっくりと降ってくる雪の姿は、東京などで見る雪とは全く違うようだ。北海道などの雪はこんな感じなのだろうか。
「積もるかなぁ?」
「積もらないんじゃない。」
そんな風に答えた私のセリフは、全くの誤りだった・・・。カラクリ湖では、一昨日も降っていたとは聞いていた。しかし、寒いとは感じていても急に寒いところに来たので、まったく今が何度くらいなのだか分からない。体感温度が機能していないのだ。旅に出る前に、旅に持参するか悩んだ「温度計&方位磁石」を買っておけばよかったと思う。そんなわけで、私は雪が降るほどは寒いと思っていなかったのだ。

少したつと早くも雪は積もり、辺りは真っ白になっていた。
寒い夜がそうして更けてゆき、翌朝はカメラを携えて外に出たのだった。

きれいな自然と簡素な暮らし。(タシュクルガン)

タシュクルガンは、カシュガルと同様にウイグル人が住む町だと思っていた。が、ここはイラン系のタジク人という人たちが住む地域だった。どれがタジク人なのか、違いはよく分からないが、とにかく民族衣装が異なる。
ウイグル人は帽子をかぶったり、スカーフを巻いたり"イスラム教としての格好"が多いが、ここでは女性は上部が半円形の帽子を被っている。そして、前の平らな部分には、たくさんのシャラシャラとした飾りがついているのだ。
また、赤の色を身に着けている女性が多い。母親と女の子が歩いていたりすると、2人揃って全身赤だったりするからびっくりしてしまう。大自然の中で見る赤は、とても映えていてきれいだ。

漢民族、ウイグル系、ロシア系(?)、中東系などいろいろな顔がここには存在する。ロシア系というのは、目鼻立ちがはっきりしていて、肌の白いきれいな人たちのこと。
よくは分からないが、中国人でありながらも西洋的な顔立ちにも見える。本当、中国は他民族国家だ。

タシュクルガンは、大きい通りを横に1本引いただけの小さなエリアを中心に広がっている。
漢民族も、レストランやホテルを開いているが、もともとの住民は慎ましく生活している。道を外せば、土と石で作っただけの素朴で簡素な家が並んでいる。そこは水道が通っておらず、わざわざ水を汲みに行っているようだ。トイレも各家にあるわけではなく、外に石造りの共同トイレが置かれている。煙突からはもくもくと煙があがっている。おいしい香りが漂ってくる。

タシュクルガンには城砦の跡がある。だが破損が激しく、ほとんど壁しか残っていない。だけれど、大自然の中にそびえる遺跡の存在感はとても大きい。夕日や朝日の時間になると、光に映えてとてもきれいに見える。
ガイドブックによると入場料は10元と書かれているが、朝の早い時間は管理人もいないので勝手に入り込む人がいっぱいいる。中を見ても何もないので、入場料も廃止されたのだろうか・・・?私たちは中には入らず、たぶんそれよりももっときれいな故城の外見を楽しんだ。

ここも緑は少ないが、頂上部分に雪が積もった山、何でも映し出しそうな透明な湖の水など「本当にきれい!」パプアの大自然もキナバル山の山間の景色も素晴らしかったが、それに劣らずここは美しい!耳を澄ませば「し〜〜〜ん」と音が聞こえてくる。牛や馬が静かに草を食み、「めぇ〜〜」という羊の鳴き声がこだまする。うう〜ん、大自然の中にやってきたぞーって気分だ。

●中国の良い点、おもしろい点。

中国のいい点は、料理がおいしいことだ。
ウイグル地方やチベットに行っても、漢民族の経営するレストランは存在する。なので、日本人の舌によく合う料理をどこでも味わうことができる。麻婆豆腐、チンジャーオロース、ラーメンなど馴染み深い。ただ、地方にもよるが油を大量に使っているのが難点だ。炒めものを頼むと"油がソース"なのだ。ひどい時には油がダシとして使われているほどに感じる。私たちはだいたい皿を傾け、油を落としてから食べているが、これはなかなか調子いい。
油は下痢の原因になると言う。その通りなのか、私は中国で何度もお腹を下した。東南アジアのそれに比べると緊急性が高く、頻度が多い。考えてみると、中国料理は「油・味の素・不衛生」と下痢の原因になりそうな要素が揃っているのだ。恐るべし、だ。

何度も書いているが、中国人民は手強い!
痰吐き、非常識な喫煙、声の大きさなどなど言ったらキリがないが、実際「中国人は一体どうなの?」と聞かれたら私はきっとこう答えるだろう。「悪くないよ。結構フレンドリーだし。」
そう、中国人は意外(?)にも人はいいのだ。旅中の見知らぬ中国人同士もすぐ仲良くなって話し込む。外国人でもある日本人に対しても、突然笑顔で話しかけれらることも多々ある。店の店員などブスっとした人も多いが、一般市民には屈託なく親しみやすい人が多いような印象がある。

それに、自然や遺跡が充実している点も大きいだろう。
広い大地なのだから当たり前かもしれないが、東西南北どこへ行っても名所と呼ばれる場所がある。世界遺産だってかなりの数だ。(29箇所?)砂漠に滝に奇岩に湖に遺跡。規模も大きく、中国全部の名所を見たらそれだけで満足できてしまいそうだ。
ただ、不満なのが入場料だ。見合ったものも多少あるが、だいたいにおいてオーバープライスだ。だいたい砂漠に入場料を設けるのは間違っている。有名で観光客が押し寄せるほど立派でも100元(約1500円)は高すぎる!中国人の単純志向では、高くすれば高くするほど良いと思っているのだろうか?
観光の仕方も呆れてしまう。トルファンの火焔山では山より室内にある展示室、飾り物を取り囲み、重要な山を見ようとしていない。新ピカの人口的な彫り物が施された柱の前で記念写真ぱちり。たぶん中国人にとっては観光地できれいな写真を撮ることがステータスなんだろう。不思議だ。

反日感情。私たちは運が良いのか、危険な目に合うことはなかった。思っていた以上に日本人に対する反感は少なく、日本人と分かっていて冷たくされるといった場面もない。
テレビでは時々"日本人は悪"といったドラマやドキュメンタリーを目にした。マスコミが市民に与える影響は大きい。特にこう言っちゃ失礼だが、中国人は単純だ。マスコミに感化され短気に怒り出す、といった図式が頭に浮かんでしまう。もちろん、生きた犠牲者もいるのだろうから何とも言えないが・・・。

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++石頭城++

タシュクルガンにある石頭城には、昼間以外入場料金を徴収する人がいない。
朝日を見に行く人や、夕陽を見に行く人には、お金を払いたくても払えないのだ。

もっとも、入口の両脇数メートル以外はほとんど壁もないし、壁がある城の裏の方も何箇所も壁が崩れている。

 

 

 

 

 

 

 

++シャワー++

タシュクルガンの交通賓館にはシャワーが付いていない。出て左へ行き、大きい交差点を右に曲がった右側すぐにある。町中共通で1人3元。
中国語で「淋浴」とか「地下浴場」と書かれている。

バスチケット購入と大地震と。(タシュクルガン)

「並んで何とか買えたよ〜。」
マユと同室のノリコさんが、ちょっと嬉しげに戻ってきた。すぐ近くでバスチケットを買えると思っていたのに、なかなか戻ってこないので心配してホテルの玄関で待っていたのだ。

今日は雪も降っており、とても寒い。辺りは1面の雪景色になってしまっている。寝ていても夜は寒かったが、それも当然なわけだ。もうしばらくすると、パキスタンとの国境も雪のために閉鎖となるのだろう。パキスタンのギルギット以南の道は、地震の影響で通行不能になっているらしい。修復を待っているうち(きっとそういう人も多いはず)に、雪で通行不能になってしまったりしたら、可哀想だなと思う。

パキスタンやインドでは大地震があったと、地震発生の数日後にネットカフェで知った。とても驚いた。山脈の向こう側では大変なことになっていたのだ。東南アジアの大津波の際も、マレー半島の反対側にいたために影響がなかった。恐ろしい、どこにいても何が起こるかわからない。この幸運が続くだろうか。実際に被害に遭われている人たちも多いので、そんなことは言っていられないかもしれないが。

今回の旅でも長居していたバリでも、同時多発テロが発生した。これもイスラム教原理主義者の仕業だろうか。2度あることは3度あるという通り、インドネシア政府が余程の手立てを考え出さない限り、次もあるような気がする。回復基調にあった旅行者が再び減り、観光業で生きる人々には踏んだり蹴ったりの状況だろう。テロや病気など、なぜこうも立て続けに続くのかと恨んでも恨みきれないだろうことだけは分かる。

雪が降る中でのバスのチケット購入は、とても混雑していて大変だったらしい。外国人だということで、なんとか購入できたらしい。外国人料金を取られたにしても(優遇して貰えたので、外国人料金の価値がある?)、それほど嫌な感じはない。

ともかく、バスはすぐに出発する。
荷物を持って、雪の降る道をバス停に向かって急いだ。高地になれるためと、寒さを体験するために訪れたタシュクルガンだったが、意外と楽しめた快適な場所だった。

●少し怖い。雪道の移動。(タシュクルガン-カシュガル)

雪が積もっているためか、バスは慎重に発進した。
満席で、通路に立っている人もいる。中国の長距離バスは、一般に無座は許されていないようだ。全座席が埋まっている場合には、バスに乗りたい人が手を上げてサインしていても、決して停まったりしないのだ。

舗装されていない道を突き進み、座席が上下に激しく揺れる。下り坂道では、タイヤが滑って崖下に墜落する可能性だってある。そんなことを想像すると怖いのだが、そういう道が続く。上に乗せられた私たちのバッグが落ちないかも気になる。

心配は続いたものの何とか順調に進み、近場に向かっていた通路の立ち客は全て降り切った・・・はずだった。しかし、乗客の数が予定とは合っていないようだ。

「チケット持ってる?」
1人の外国人乗客が英語で聞かれた。
「いいえ!」
乗客のほぼ皆が驚いた。そして、少し笑いが起こった。
英語が分からなかった人も、すぐに中国語でもめ出したので理解した。
それにしても、外国人乗客(白人)は何を考えて乗車したのだろう。そして、発車時のチケット確認はどうやってやり過ごしたのだろう?
こんな雪の中、途中で降ろすことも出来ないので当然カシュガルまで連れて行くことになる。強引な方法だが、彼にとっては成功といったところか?

カラクリ湖を越え、検問(通過者全ての身元確認)付近まで、雪は降り続いていた。雪がやむと、少し安心して乗車していられる。あとは道路もきれいであり、快適にカシュガルの街に向かった。到着は街の郊外であったが、9番バスの始発点であったので、そのまま色満賓館の目の前のバス停に向かった。

●極寒!?チベットに向けてお買い物。(カシュガル)

タシュクルガンは寒かった。
そして、カシュガルもちょっと離れていたうちにグッと寒くなっている。

チベットに向けて、既に買い揃えていた服だけでは不安があるので、あれこれと買い物をすることにした。

ます、第1に"温度計"!
気温は気になる。特に知ったからといって、対処できるわけでもないが、"楽しみ"のためだ。「こんなに寒いところなんだぁ〜。」とか話したり、記念にもなると思う。2.5元ナリ(約37円)。

そして、皮手袋。軍手を買っていたのだが、風が強く吹く寒空の下では十分ではないと判断した。肘まである長くて頑丈な作業用手袋を購入。8元ナリ(約120円)。

毛糸の帽子。頭や耳は、ジャンバーのフードだけでなく、ちゃんと帽子でガードすることに。5元ナリ(約75円)。毛糸のマフラーも購入。5元ナリ(約75円)。
高地で紫外線がきついのと、雪目にならないように、UV入りサングラスを購入。15元ナリ(約225円)。

既にセーターやジャンバー、靴下などは購入してある。
他にカロリーのあるチョコなど、お菓子を大量に買い込んで準備万端(?)で出発なのだ。

●いったい、いくらあれば足りるのだろう?(カシュガル)

西チベットでは、両替ができる場所がほとんどないらしい。

バス代や、ヒッチハイク代、観光代など外国人料金はとても高いらしい。正確な情報もない(人や状況によって値段も代わってくる)ので、いくら準備したら良いか正直分からない。不安性な私は、たくさん両替したくもなる。
しかし、チベット後はネパールに向かう予定なので、余り両替しすぎたくもない。再両替はできるらしいが、無駄な手数料支払になってしまうからだ。
それに、トラベラーズチェックは大切にしたいし、手数料が3%もかかる(ウイグル地区)クレジットカードのキャッシュアドバンスでは損が大きい。

確信はないものの、必要経費を計算し、余裕を20〜30%ほど持たせた金額を手元に持つことにした。中国で移動をしつつ観光をするとお金がかかる。2人の1ヶ月近い生活費を手元に持つので、大金になってしまった。お札の束も厚い。無くしたりはしないかと、ちょっと怖くなってしまう。

●あっという間にイエチョンへ。(カシュガル-イエチョン)

カシュガルからイエチョン行きのバスは、日中なら頻繁に出ている。長距離バスターミナルの前にいるタクシーの客引き(それほど高くもない)を利用することもできるし、イエチョンはごく身近な町のようだ。

出発時点では、乗客はバスの半分ほどしかいなかった。
バスは進みながら少しずつ乗客を乗せていく、意外とすぐに満席になり、バスはイエチョンに向けて加速していった。

ダムを右手に見たり、時々は変化があるものの、単調な砂漠や荒野が続く。汗臭い乗客や、足臭い乗客が近くにいて"早く着いてくれ〜"と願いながらのバス移動だったが、順調にイエチョンに到着した。
最後にエンジンがかからなくなってしまったが、すぐに直ったのは愛嬌だろう。

●交通賓館に30元の部屋はないのか?(イエチョン)

交通賓館の入口には、きれいな値段表が掲示してある。
「この1人30元の3人部屋はありますか?」
「ないよ。」
(? ・・・満室なのかな。)

ちょっとしつこく聞いたけれどもないようなので、諦めて別の宿を探そうと荷物を持ち上げた。

「2人部屋を1人30元で良いよ。」
結果として30元で泊まれたので満足なのだが、果たして"1人30元の3人部屋"は満室だったのだろうか。それとも存在していないのだろうか?

交通賓館はイエチョンの中心から、北西の外れに位置している。
繁華街にはいくつかの市場やモスクがあり、バスターミナルとは違った賑やかさがある。
もっとも、イエチョンをアリやホータンへの中継としてだけ考えれば、その辺りに行く必要は全くない。交通賓館を出て右に少し行けば中華料理屋もあるし、目の前にはウイグル屋台が所狭しと並んでいる。薬局もあるし、品数は少ないながらも超市もいくつかある。

ところで余談だが・・・。
市内のバス移動が10/18から、0.5元が1.0元に値上がりしたようで、何人かが乗務員ともめたり、乗車をやめたりしていた。

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++カラクリ湖++

ホテル近くに民泊の客引きがたくさん来ている(ホテルよりも安い)。

値段や内容を確認した上で、ホテル以外に泊まるのも面白いかも。